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道筋を見つける



私は自分を見つめることを通して、個性を発見し、輝かせ、内なる尊さを発揮したいと念願しました。その結果として、鮮やかな航跡を描いて生きたいと思いました。穏やかですべてを癒す琵琶湖の姿も自分の人格の理想だと思いました。

理想は描けました。
しかしそこに近づく道を見出さないと、いつまでも理想には届きません。

道は卑近なところから始まります。

肉体の機能が健全でなくては個性を正しく発揮できません。
私はそれまでがぶ飲みしていたお茶やコーヒーを制限し、南アルプスの天然水を飲料の中心にすることにしました。
体の中の水が濁っていると感じたからです。
これは正解でした。3か月のみ続けて、身体が軽くなったからです。
体に余計な負担をかけない飲み水は大切だと、実感しました。

また糖尿病の完全克服のために、生活習慣の改善にもとり組み始めることにしました。家族の協力を得て、それまでよく食べていた間食を、ほとんどしなくなったのもその一つです。
(食事の改善は、別の機会に書いたので省きます。)
私は理想は考えるのですが、そこで止まってしまう癖があると思いました。
それを改めて、もっと本質的にものを考える癖をつける必要があると感じました。
理想を見つけたら、どうやったらそこへ近づけるかを考えないといけない。
そのうえで行動にうつらないと変わりません。

喩えて言うと、宝探しの地図を発見しても、ここに宝があると知ってもそれは手に入りません。そこに行くルートを考えて見出さねばなりません。そして実際に行動することが必要です。そういうことだと思います。

その時に色心不二の考えは外せないと思います。
身体と心の両面からのアプローチが必要です。

心理カウンセラー・種村修(種村トランスパーソナル研究所)
※メールや電話でのカウンセリングを行っています。ご希望の方はご連絡ください。
<連絡先>
電話 090-8051-8198

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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…