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明治神宮の結界

 武漢コロナがすっかり下火になった令和3年10月下旬、明治神宮にお参りできました. 3年ぶりの参拝です。 武漢コロナが下火になったとはいえ、外国人は一人もいません。 参道を歩く人は日本人だけで、それも数は少なかったです。 明治神宮の大鳥居をくぐると、凛とした空気に包まれました。 参道を歩くうちに、丹田に力が入り、すっくと背骨がまっすぐに立つ感覚になります。 凛とした気分が、私の中にも宿ります。 雑念が除かれて、まっずぐな意思とでもいえるものが、己を貫くのを感じました。 これが明治神宮の結界の力なのだと思います。 明治天皇陛下も、昭憲皇太后陛下とともに、まっすぐに意志を貫かれたお方なのでしょう。 それに私も自然と感化されたのだと思います。 今回の参拝は、凛とした意思で雑念を祓えるようになったことが大きな収穫でした。 私の個性の側面が、明治神宮の結界の力により、ようやく顕せたものと感謝しております。 あらためて明治天皇陛下と昭憲皇太后陛下、更に明治神宮を支えてくださっている代々木の杜(もり)の大地に深く感謝いたします。

おみくじの有難さ

つくづくと「おみくじは有り難いな」、と思う経験をしました。 最も必要な導きを、必要なタイミングで与えてもらえたのです。 家内が病気の不安で、恐怖心を膨れ上がらせていた時のことでした。 知人に電話で相談した時です。 「最近、神社でおみくじは引きましたか?」 と聞かれました。 「いいえ、私が行く神社にはおみくじが置いてなくて」 と家内は答えました。 「そういえば、私が引いたおみくじがあるんですけど、ひらけてみていなかった。」 そう言って開けて読んでくれました。 そこには病気に関する的確な恐怖心を和らげる言葉がありました。 「これ、あなたのために私が引かされたみたいですね。写真を送りますね」 いただいたおみくじの内容は、どれも家内にぴったりでした。 家内は毎日これを読んで、病気検査の結果が出るまでの1か月を耐え忍びました。 私はその間、家内に「心を見つめ、恐怖がおきたらそれを真正面から見つめるんだよ」と励まし続けました。 その間に恐怖心で心が真っ暗にならないために必要だったのが、おみくじの言葉でした。 無事に検査を終え、問題は解決しました。 同時に恐怖心と向き合い続けたことで、家内は心の成長を得ました。 おみくじの言葉が的確なのは、たまたま引いたおみくじが、実は神様かなにかの導きによっていただくからでしょう。 心の成長のために真に必要なものは、必ず与えられます。 おみくじも、その一つです。 おみくじの裏側に「神の教え」というのがあるときは、とても重宝します。 毎日、おみくじに目を通して、同時に自分の心を見つめていると、自分に必要なヒントがはっきり見えてくる場合があります。 その確信が湧くときは、自分の丹田がお墨付きを与えたということでしょう。 こうして身近なところに導きがあることに、感謝します。

自分らしく生きる決意

 私は、私の個性をいかんなく最大限に発揮して生きることを私の人生の目標にしよう。 早朝の神社参拝の帰り道を歩きながら、そういう思いがふつふつと湧いてきた。 自分らしく生き抜くこと、それを今後の人生の目標に定めようと決意した。 65歳の今、人生の後半生を生き抜く目標として、それが最もふさわしいと思える。 私は一つの個性だ。 宇宙のエネルギーが私という個性を生み出した。 この個性は私が磨き、発揮しない限り、誰も輝かすことはできない。 一つの個性は様々な個性と織りなし合い、宇宙全体のハーモニーを創りだしていく。 それを輝かし発揮することは、私の責任であり同時に最大の喜びだと思う。 私の個性が発揮できていれば、他の個性の発揮をも促す働きをするだろう。 これは日々の目標であり、人生の最終目標でもある。 これを私の誓い、そして私への誓いとしたい。