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私が自得した血糖値の管理方法③

  糖尿病対策には、なんと言っても炭水化物の制限が不可欠だ。 ごはんやパンを食べた後に、血糖値をリアルタイムで測定できるリフレセンサーをみていると、こんなに血糖値が急上昇するものなのかと怖くなる。 コメも小麦粉製品も、血糖値をあげる。 ごはん、パン、パスタ、ラーメン、ビーフン、春雨 どれも私の大好物だが、血糖値を管理するには制限せざるを得ない。 それ以外にはイモ類。 前回書いたが、マクドナルドのフライドポテトは、血糖値を250以上にあげた。 だから、ポテトチップやフライドポテトは間食で食べなくなった。 イモ類は食べないわけではないが、単独では食べず、必ず他の野菜や肉などと一緒に少量を食べるようにしている。 私は炭水化物は大半をごはんで摂るようにしている。 最初は毎回の食べる量を80グラム程度と決めて、三食食べていた。 これだと睡眠時の血糖値が100~110程度で、100以下にはならなかった。 さらに起床して1時間もすると、食事をとる前でも125程度まで上がっていた。 朝の空腹時の血糖値は病院でも必ず測定されるが、これが高いと日中の血糖値はさらに上がるため、下げる必要があった。 そこで夕食から、ごはん(もちろんパン類も)を抜くことにした。 そうして何日かすると、睡眠時の血糖値が95近くまで下がるようになった。 朝の空腹時の血糖値は110ぐらいにとどまるようになった。 こうして確立したのが、血糖値の管理方法の2番目である。 「炭水化物は控えめに摂り、晩ご飯ではコメも小麦もとらない。」 もっとも、やせすぎる危険がでてきたので、夜にご飯を食べない代わりに、朝と昼は80gではなく120gから130gのご飯を食べるようにして、体力が落ちるのを避けている。
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私が自得した血糖値の管理方法 2

 私は血糖値を測定するセンサーを利用するようになってから、血糖値を自分でコントロールできるようになった。私が利用しているのはフリースタイルリブレという下記の製品。 FreeStyleリブレ(アボット) :腕に貼るセンサーで、スマホや専用リーダーをかざすと血糖値がわかるタイプ。最近のモデルではリアルタイム測定も可能。…皮下に小さなセンサーを装着して、血糖値を連続的にモニタリングできるのが特徴だよ💡 これはAIのCobilotが解説してくれたものだが、他にも二種類の製品が出ているらしい。 センサーを付けるメリットは、どういう食事や飲料や運動が、血糖値にどう影響するかがリアルタイムで分かることだ。 これで何をするとよくて、何をするのがいけないのか、自分で即座に判断できる。だから、血糖値を抑える生活習慣を自分自身で体得できるのだ。 私がセンサーをみて驚いたことの一つに、食事の最初に大盛りのサラダを食べた時と、食べない時の、血糖値の上がり方の違いがある。 私は普段は大盛りのサラダにレモン汁とオリーブオイルをかけてたべている。次にたんぱく質類やほかの野菜や汁物を摂り、最後にご飯を食べる。 こういう食べ方をすると、血糖値の上がり方がすごく緩やかになる。 ある時、どんぶりものを食べて、サラダを食べないことがあった。そしたら、食後まもなくぐんぐんと血糖値が上がり、急カーブで上昇し、まもなく250を超えるまでになった。 ご飯類を最初に食べると如何に血糖値が急上昇するか、骨身にしみて理解できた。 私はもともとポテトが大好きで、マクドナルドで揚げたポテトを喜んで食べていた。センサーを付けていた時に、試しにマクドナルドのポテトだけを頼んで食べてみた。 するとまもなく血糖値がみるみる急カーブを描いて上がり始め、ほどなく250を超えてしまった。私は仰天した。以来、マクドナルドのポテトは食べなった。 こうして血糖値の管理方法の第一番目が確立した。それは、三食の食事の最初に大盛りのサラダを食べることだ。そして炭水化物類は、できるだけ食事の最後に回すことだ。                    😊 読者の便宜のために、私が利用しているセンサーを表示させていただきます。 アボットジャパン グルコース モニタシステム Abbott FreeStyle(フリースタイル) リブレ2 センサー 7...

私が自得した血糖値の管理方法 1

私は40代後半からずっと血糖値が高く、ヘモグロビンa1cが高いときで6.8~7.3、血糖値も140から150ぐらいありました。 40代後半のある時期には医師から検査入院を命じられたので、入院して食生活の指導を受けたりしたこともあります。 それが今ではヘモグロビンa1cが6.3程度、朝の空腹時の血糖値が105程度と、境界型糖尿病の状態を維持できるようになりました。 現在かかりつけの医師からは、薬は不要と言われ、まったく飲んでいません。 こういう状態を維持できて血糖値がコントロールできるようになったのは、最近開発され市販されている血糖値を24時間測定できるセンサーで、自分の血糖値を管理した結果です。 このセンサーを使うと、寝ているときを含めて24時間、ほぼリアルタイムで把握できるのです。しかも、一つのセンサーで2週間分の記録がみられます。 ですから何をすると血糖値が上がり、どうすれば血糖値が下がるのか、自分で判断できるようになりました。 結論から言うと、私の血糖値を下げた原因は3つです。 ①毎食必ず野菜サラダをたっぷりと、食事の初めに摂る。 ②炭水化物は控えめに摂り、晩ご飯ではコメも小麦もとらない。 ③食事をした後は、4000歩ぐらいを目安に歩く。 この3つです。 もちろん間食に甘いものや炭水化物をとらないとか、糖分を含んだ飲料水はとらないとか、 そういう基本的なことは守ります。 その上で、この3つの習慣を取り入れることで、血糖値の管理が可能になりました。 次回以降、順番に詳しいことを述べていきたいと思います。

「仕えたい」という気持ち

 69年間の人生を歩んできて、自分の意識が切り替わっているのを感じた時期があった。 人生の前半と後半とを分かつ変化だった。 40代前半、私が勤めていた教団で実質的なリストラに遭遇し、それまで世俗の世界と考えていた世界に投げ出されたときが分岐点だった。 前半では私の意識に強くあったのは、自分の優秀性を自己確認したい、周りから認められたいという自己顕示欲であったと思う。 それは自己を実現して、自己を輝かせたいという気持ちに付随するものであった。意識の焦点は自分にあった。 しかし、後半の人生に入って、自分は誰かに仕えたいという強い気持ちがあることに気が付いた。その方を支え、その方の使命をともに実現したいという気持ちだった。 私が還俗して、最初に仕えたリーダーは、先代が創業した会社を継いだ二代目社長だった。 信用不安のなか存立の危機にあった企業だったが、社長は心の広い人であった。 この人を支えたい、この人のためなら苦労をいとわないという気持ちを味わった。 その後、何人か仕える人は変わったが、仕えたいという気持ちは変わらない。 自分が心から仕えることができる人を探していたと思う。 もっともっと良く仕えるために自分を磨きたい。健康も増進したい。 残りの生涯を、その人に仕えるために費やし、その人を支えたい。 そういう思いが、現在も脈打っているのを感じている。

阿修羅と恐怖心

  私がBという宗教団体で法戦の担当をしていた時に経験したことである。 折伏で名高い日蓮宗系統の某大教団に対し、新興勢力のBは理論的な戦いを挑んで、 自教団の勢力を拡大しようとした。 教団職員の誰もが緊張し、恐れ、これからの闘いに身震いした。 私は、法戦担当として、その教団の教えを真っ向から批判する論文を何本も書いた。 やがてそれは数冊の書籍として発刊され、書店に並んだ。 そのころの私は、鎧兜で身を固め、鋭利な長剣をもって完全武装している自分を常にイメージしていた。 そして自宅でも敵愾心を掻き立て、相手と切り結んでいる自分をイメージし続けた。 半年以上はこの精神状態が続いたと思う。 結果、私は自分自身が阿修羅化してしたことを自覚した。 怒りが強くなり、敵を倒すことに執念を持ち、心が戦闘状態を離れなくなった。 性欲も強くなった。そのコントロールがむつかしく感じて、苦しんだ。 過度のストレスが強い性欲を呼び起こすことを、私は経験した。 B教団の路線が変わり報戦の担当から外れても、1年以上は阿修羅化した状態が抜けなかった。 なぜ私は阿修羅化したのか。 それは折伏教団に対して折伏で対抗しようとし、巨大な阿修羅教団に対し自らも阿修羅化することで恐怖を克服し、敵愾心を掻き立てようとしたからだ。 そう。私には恐怖心があったのだ。 その恐怖心を抑え込むために、自分を完全武装の状態にあるとイメージし、常に敵愾心を掻き立てる必要があったのだ。 当時の私は自分の恐怖心に気が付いていなかった。抑圧したからだ。 心の奥に抑え込んでふたをすることで、任務を追行しようとした。 そのため心にある恐怖心から目を背けた。 自分の恐怖心と向き合えていなかった。 抑圧した恐怖心は阿修羅の仮面をまとう。 強さを演じる自分の奥に弱さがある。 その弱さを自覚しないと、阿修羅というペルソナ、つまり仮面だが、と自分が一体化し、そのペルソナが自分になる。 今なら思う。 B教団への法戦は、穏やかな心で、常に澄み切った波立たない湖面のような心の状態で行うべきだった。 折伏に対しては戦闘モードで戦おうとせず、どこまでも穏やかな心で、湧き出す智慧の刀を振るえたらよかった。 相手だけを切る刀ではなく、己の過ちをも切り取る智慧の刃で相対するべきだった。 そうすれば自分も阿修羅化しなかったはずだ。 自分の恐怖と向き合う勇気...

変化を楽しむ

 年齢を重ねても、意識的に 自分が変化しようと行動する ことで、固まって停滞していく危険性を打破できるのではないかと思います。 特に自分の中に 停滞感 を感じたときは、やはり小さな変化にトライすべきときだという、 サイン ではないかと思います。 私が、最近取り組み始めたのは、ある程度難関と言われている資格試験の準備です。合格して新しい仕事にも挑戦してみようと思って始めました。 新しい勉強は自分が全く知らなかった世界を教えてくれますし、それが実って新しい仕事の可能性が出てくることは、新しい希望です。 勉強自体は、もともと私なりに取り組みのスタイルがあるので、とにかくできるだけ毎日、すこしずつをモットーに、過去問中心の勉強法に取り組んでいます。 だいたい一年ぐらいの取り組みで、新しい資格を手にできれば、いいかなと思っています。 新しい行動 は、 新しい自分 を創ります。 行動 が変わると、人は変化します。 意識して変化し続けていくことで、固まらず、流動性を失わず、成長し続ける自分を維持できると思います。 そして、それは何より楽しいことです。 常に新鮮な風を、自らに送り込むということは、気分がいいものです。

変化する

変化をやめたとき成長は止まります。 成長は、たえざる変化を伴うものだからです。 でも、年を取ると、同じことの繰り返しが増え、同じ思いに固定化しがちです。 年齢を重ねるほど、意識して「変化」に取り組なまいと、知らず知らずのうちに固まります。 死後の世界。 あの世の世界は、非常に変化に乏しい世界ではないかと思います。 ある思いに固まると、それがなかなか変化せず、長い時間継続すると思われます。 地獄での長い苦しみを仏教は説きますが、それだけあの世で変化することは難しいということでしょう。 変化しにくいということは、成長もまたすごくしずらいということです。 成長する場として、この世の世界があると思っています。 あの世とこの世の転生輪廻は、大きな変化を起こし、成長を促進するための仕組みです。 魂の急激な成長の場がこの世で、そこに繰り返し生まれ変わることで、永遠の成長を続ける仕組みがある。 そう思うと、今この世を生きている時間が、限りなく尊いものに思えます。 だから、変化を大事にしたいです。 固まらないで変化を楽しんで、自分を常に成長させていきたいです。 年を重ねるほど、変化は意識して努力しないとできないと思います。 変化したい。成長し続けたい。 その強い思いが、変化の原動力だと思います。