自分の個性を見出すには、どうしたらいいのでしょうか。
いろいろ考えたり、冥想したらいいのでしょうか。
意外かもしれませんが、個性は瞑想して考えるよりも、行動の中で見いだすことの方が確実であるようです。
いろいろ行動してみて、自分にぴったりくる行動、すっきりする行動を見出すことです。
これが行動で個性を見出すということです。
行動して喜びが湧いてきて、どんどん意欲的になっていくなら、それは個性に近づいている証拠といえると思います。
個性はいろいろな側面を持っていますので、決して単一ではありません。
私が行動の結果ぴったりくると感じるのものは複数あります。少し書き出してみたいと思います。
誰か、もしくは何かを守るためにたたかうことは、私の個性にかなっていると思います。戦いといっても信念を貫き、逃げないで言論で戦うことです。崖が大地を守っているようなイメージがします。
癒しはカウンセリングを行うなかでおのずと実現することですが、癒しは私には合っていると思います。そうでなければ、50代に入ってから一からカウンセリングを学び、図書館や放送大学にも通って猛勉強できなかったと思います。自分がその過程で癒された実感があるので、此の道で癒しは可能だと確信しています。また癒しのためには自分を見つめることが不可欠ですが、それに十年来取り組み続けているのも、やはりそれが個性にかなっているからだと思います。
癒しは、アメリカの大地にしなやかな草が一面に生えていて、大地の中の不浄な要素を吸い上げて、大地を癒しているイメージです。
掃除は私の性分にはあっていると思います。私はある時期、掃除を主な仕事にしたこともあるのですが、掃除そのものに特化するよりも、何かをする過程で発生する掃除を丁寧に仕上げることが、より合っているようです。丁寧に掃除を仕上げて、もともとよりきれいになっていくことが、喜びです。
きれいにすることは、4月下旬のころの雲一つない青く晴れ渡った大空のイメージです。
パンを作ることが、私には合っていると感じ始めています。創造の喜びかもしれないのですが、イースト菌と格闘しながら、いかにすればおいしいパンができるのか、毎週のように取り組んでみては失敗し、失敗してはいろいろ研究しています。いろいろなパン屋にも足を運び、食べて味を比べています。パンが焼きあがり、思ったよりうまくできたときの喜びは格別です。
さまざまな行動を経験することで、自分にぴったり感じるものが出てきます。
それは複数あると思います。
個性にはいろいろな顔があるからです。
以前、中年の危機のさなかに読んだ本で、ワクワクできるものを探せという主張を目にして、心が惹かれたことがあります。その時は、でもワクワクできるものを探せという主張には惹かれつつも、それは生活の糧と一致しないことが多いだろうし、生活のためにはそうでなくてもやらなければならないことが圧倒的じゃないかと考えていました。
しかし、色々な失敗や経験を重ねてみて、結局長く続き成功していけるのは自分にあったものであり、そういうものはワクワクを感じるものだと気が付きました。
ただし、自分のプライドや、自分はこうだという思い込みが邪魔をして、素直な感情を感じ取りにくくなっている可能性があります。これをいったん横にどけないと、本当に自分が素直に喜びを感じていて、しかも自分にぴったりきていることに気づくのが遅くなるきがします。
心の声に素直に耳を傾けて、色々身に着けたこの世的な価値感や、世間の基準や、プライドに関係なく、素直に本心に忠実になることが、一番大切だと思います。
そうすればきっと行動が個性へと導いてくれるはずです。
心理カウンセラー・種村修(種村トランスパーソナル研究所)
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