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道筋を見つける2



個性を発揮するということは、自分を生かしていることです。それは自分が自分らしいことですから、自分にとっては普通の当たり前のことで、心地の良い状態だと思います。
ですから、個性を特別視してしまうと、逆に個性から離れてしまう可能性が高いと思います。

個性を知るための簡単な方法があると思います。
自分の二つの状態を振り返ってみてはどうでしょうか。
そして、それぞれの時にどう感じているかを書き出してみるのです。

①生き生きとしている時の自分
②つぶれている時の自分

私は、生き生きとしている時の自分は、体が軽く意欲的で、喜びがあります。今ある環境に感謝が湧いてきます。前向きで積極的で、自分が好きです。頭の回転が速いと感じます。

ここで注意したいのですが、自分の個性といってもそれは単一ではないと思えることです。個性にはいろいろな側面があると思われます。

私であれば、静寂を求めて深く心を沈黙と神秘の世界に遊ばせたい自分もいれば、行動的で困難に真正面から向かい合って粘り強く突破していく気持ち、また強大な荒波に立ちはだかって押し返し守り抜こうとする気持ちもあります。
その時どきに個性のどの側面が強いかにより、生き生きとしている時の自分の気持ちは異なります。

一方、潰れている時の自分をみると、特徴的なのは固まっているということです。引きこもりがちになり身体が動かないこともありますが、身体が動いても心が何かのネガティブな思いに固定してぐるぐる回っています。不平や不満や否定的な予測が心をしめていきます。

潰れている時もいくつかの違いはあります。
全く頭が働かない時もあります。そういう時は記憶力が極端に落ち、動作が鈍くなっています。悶々として身体が重く、だらだらと時間をつぶしていることもあります。最もひどい時は、うつ状態で自己否定の思いが渦巻きます。
逆に攻撃的になって、怒りが渦巻いている時もあります。

潰れている時は、そのままで変化を起こさないとずるずると引きずりかねません。そういう時に、私は散歩したりして体を動かすことで切り替えます。筋トレをすればもっと早く切り替わります。
また、パンを作ったりもします。全く違うことを始めると、切り替われるのです。しかもそれは身体の動作が伴うことがよいように思います。

理想の自分に到達するには、まず何を理想と思うかを描いてみることが必要です。それは個性を生き生きと発揮した自分であるはずです。
次にそれに至るための道筋を考える必要があります。
それには、ここで述べた二つの自分の状態を点検しておくことが有効だと思います。
そのうえで、潰れている自分を切り替える方法を知って、その都度実践することは大事な方法だと思います。

心理カウンセラー・種村修(種村トランスパーソナル研究所)
※メールや電話でのカウンセリングを行っています。ご希望の方はご連絡ください。
<連絡先>
電話 090-8051-8198

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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
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長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…