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言いたいことが言えない・・・臆病



幼いころに人の家に引き取られたり、実の両親と離れて親戚の家などで暮らしたり、親がいても険悪な環境で怯えて暮らしたことがある人は、その頃染みついた「臆病」な気持ちがなかなか消えないことがあります。

こういう人は、自分の気持ちをはっきり言うと周囲に波風立てるんじゃないかと思って怖くなります。
「波風立てると捨てられちゃうんじゃないか」という恐怖心が働きます。
その奥には「家から捨てられたら怖い」という、幼少期に持った怯えが潜んでいます。そこに臆病風がくっついているのです。

「わがままを言ったら捨てられてしまうんじゃないか」という恐れを持ったまま大人になった人は、「波風を立てずに、わがままを言わずに」という気持ちが強くなります。
職場でもそういう気持ちが強くなって、自分が言いたいことを言えずいつも我慢して、ストレスが溜まっていきます。

こういうときは、まずこの恐怖心の奥には幼少期の臆病だった気持ちがあり、そこから来ているということに気づくことが必要です。気づかないと、無意識のうちにその幼少期の恐怖心に支配されるからです。
そのうえで、言いたいことがあれば、はっきり言ってみることです。

つまり飛ぶべき跳び箱があるのであれば、さっさと飛ぶのです。飛べないと思ってきたのは恐怖心で委縮してしまっていたからです。昔、飛んだら落ちるのではないかと恐れた気持ちが怖がらせているだけだと気づいて、もう飛べるはずだと信じて飛ぶのです。
行動することで、心は変えることができます。

やはり恐怖心は、真正面から向き合うことで乗り越えていけるのです。
人にどう思われるかが心配でも、自分はどう思われたっていいわ、と割り切って肚をくくると開き直れます。開き直れば怖くありません。

そういう体験を何度か積み重ねると、怖くて言いたいことが言えないという自分が変わります。もっと自由でのびのびとした自分らしい自分がでてくるのです。

心理カウンセラー・種村修(種村トランスパーソナル研究所)
※メールや電話でのカウンセリングを行っています。ご希望の方はご連絡ください。
<連絡先>
電話 090-8051-8198

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自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
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彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…