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魂の感じる恐怖



私はある日、椅子に腰かけたままゆっくりと丹田呼吸をして、下腹部に位置するという丹田に意識を向けていました。
突然、「狭い穴に生き埋めにされる!」という恐怖心を全身で感じました。言葉ではなく、実際に狭い穴に埋められて生き埋めになる感覚が襲ってきたのです。あまりの恐怖で、椅子からとびのき、ハアハアと息が荒くなり、目を開けて口を開けて深呼吸しました。

丹田は悟性とつながりがあり、深層潜在意識やその奥にある心の中枢に通じています。その丹田に意識を集中していた時の出来事でした。

この体験が意味するものをつらつら考えてみると、これは私自身の丹田の気持ち、いいかえると魂の感じている恐怖を感じ取った経験であったと思われました。
生き埋めになる恐怖は、この世的に生きる意識に埋もれてしまうという恐怖心だったようです。これは丹田が持っている恐怖心であったと思われます。
それをダイレクトに感じとった気がします。
この世的に生き埋めにされている。
この痛切な丹田の思い、魂の感覚を感じた気がしたのです。

私は自分が変わろうと、本気で決意した時があったのですが、その以前はこの世的な意識に支配され、魂がそれに埋もれていたと思います。
当時、私は次のように気づきを書きました。

「私の魂はこの世に生き埋めになっていたのだ。
今までの私の意識は、まさに丹田を生き埋めにしていた。」

丹田の不安は、私の顕在意識でも感じていたことでした。当時の記録を見ると、私はこう書いています。

「自分はこのまま固まって変化なく、成長できない状態がどこまでも続くのではないかという不安を、いままで感じていた。これは丹田が感じていた不安だったということが分かった。」

この経験をした時は、すでに私の意識は変わっていました。本気で変わる決意ができた後だったからです。

でも、それまでの蓄積されていた魂の不安、恐怖は吐き出す必要がありました。
吐き出す方法は、不安、恐怖を繰り返し味わって、溜まっていたものを感じ取ることです。これによって過去に積み上げた不安や恐怖の堆積物が動き出し、消えていきます。

実際に、この後も、丹田呼吸をして丹田を見つめるたびに、不安や恐怖心を感じていました。それはしばらく続きましたが、そのうち消えてしまい、感じなくなりました。

関連記事「自我と丹田との戦い」

心理カウンセラー 種村修 (種村トランスパーソナル研究所)
※メールや電話でのカウンセリングを行っています。
<連絡先>
電話 090-8051-8198

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