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私が自得した血糖値の管理法8 餃子は血糖値を上げる

 

寒さが緩んだ朝、散歩していると、ピンクの桜に出会った。

近くの神社では早咲きの桜が散っていてがっかりしたが、満開の桜が見れたので嬉しかった。


さて、血糖値測定にセンサーは今日はどうだったのだろうか。

今日は、朝はいつも通りの朝食。

そのあと、ジムに行って40分歩き、40分筋トレをした。

血糖値はというと、一番上がったときで167。

無事、基準内に収まった。


問題は昼食だった。

昼食を食べて10分後には家を出て、スーパーでのアルバイトにいった。

お店では飲料の品出しを行ったので、それなりに重いものは持っている。

またずっと歩いているので、5時間の勤務時間内に約5000歩は動いている。

だが、血糖値は245まで上がった

しかも、血糖値が180以下の基準内に収まるまで、1時間かかっている。

さすがにこれは高すぎる。また長すぎる。

原因は食べ物だ。

今日の昼食では、ご飯のほかに、大きな手作り餃子を3個食べた。

餃子の皮は、炭水化物が多い。

餃子以外でも、春雨や、春巻きなどでも同じようになる。

餃子を食べるときは、ご飯をやめるか、もしくは餃子を1つだけするべきなのだ。


夕食はご飯を抜いておかずだけだ。

炭水化物が多い食材は使っていないが、おなか一杯食べたので、血糖値は170まで上がった。

急遽外に出て、1000歩ほど歩いた。

すぐに結果がでて、10分ほどして歩き終わったときは、130にまで下がっていた。

家でじっとしていると少し上がってきたが、まず問題のないレベルだ。


今日の一番の教訓は、食事での炭水化物の総摂取量は常に気をつける必要があるということだ。

センサーを付け散るときは、血糖値の急上昇にすぐに気づける。

だがセンサーを付けていないと、この程度は大丈夫だろうと気持ちが緩む。

その結果、炭水化物を食べすぎるか、もしくは運動量が減って、血糖値の高い時間帯が増えるのだ。

炭水化物の総摂取量は食事ごとにチェックして、必要な対策をとることにしよう。

              (夜の散歩のときに、白い木蓮が咲いていた)









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