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私が自得した血糖値の管理法5 ご飯増やして上昇したのでセンサーで再点検

 


1.検査結果で高い数値

先日、かかりつけの病院で健康診断をした。

血糖値は110で前回と同じだが、ヘモグロビンAicが6.9だった。前回は6.4だったのに。

ただし、市が最近検査方法を変えたので、その影響があるという。ほかの患者さんも軒並み数値が上がってきているので、しばらく様子を見ようということになった。

しかし、気になる。この数字は高すぎる。

実は前回の数値がよかったので、やせすぎ対策に力を入れて、ご飯を100グラムから130グラムに大幅に増やしていたのだが、それがよくなかったと直感した。

そこでまず、朝と昼のご飯の量を110グラムに変更した。20グラム減らすことにした。

2.リフレセンサーで測定開始

くわえて、3か月ぶりに、フリースタイル・リフレセンサー(血糖値の測定センサー)を購入し、測定を開始した。

初日の夜間は、108ぐらいで、トイレに起きた時に147まで上がったが、夜明け前には110程度に下がっていた。

朝食はいつも通りの分量を食べた。ただし、ご飯は130グラムから110グラムに変えている。

食後にchocoZAPに行き、まず3000歩歩いた。そのあと40分ぐらい腕と脚と腹筋をトレーニングした。

歩いている間は数値が下がるのだが、筋トレに入ると数値が上がる。206まで上がったところで下降に入り、昼食前には120まで下がった。

昼食もしっかり食べた。この後アルバイトがある。スーパーでの品出しを5時間ぶっ通しでする。歩く歩数は全部で6000から7000歩ぐらいになる。

数値はというと、最高212まで上がり、そこから147まで下がったが、夕方に栄養補給をしたので169まで上がった。

夜は、ご飯を食べずに、おかずだけの食事だ。ほぼ満腹になったが、ごはん抜きなので177までしか上がらない。もっとも、自宅の中でユーチューブを見ながら足踏みしていたので、それで低めに抑えられたと思う。

これが一日の結果だが、翌日朝は食後すぐにchocoZAPへいき、昨日より1000歩増やして4000歩を歩いた。もちろんマシンを使って。

それが聞いていると思うが、朝食後にもかかわらず180を少し上回る程度にまでしか上がらず、そこから下降した。

以上から確認できるのは次のことだ。

朝と昼のご飯は130グラムでは食べ過ぎで、110グラムぐらいが上限のようだ

食後に歩く歩数は3000歩では不足で4000歩がよい。これだと180以下に数値を抑えられる可能性が高まる。

また、普通に歩くだけよりは、ジムを使ったほうが血糖値は下げやすいようだ。

3.リフレセンサーの活用効果

なお、このフリ-スタイル・リフレセンサーでは75以下は低血糖であり、180以上が高血糖として取り扱われる。

この範囲内に血糖値があることが推奨されており、目標数値内であった時間がパーセントで表示される。

つまり、75から180までなら数値の変動は気にしなくてよいのであり、基準をはみ出した時間帯をいかに小さくするかに目的を絞ればいいということだ。これは目標が絞れるので、非常に管理しやすい。

私は使い始めのころは、基準値をはみ出た時間帯は、大体10から11パーセントで、日数が経過すると7パーセントから6パ-セントに下がっていく。

センサーを見るだけでも、自動的に生活習慣を調整する意識が働くので、大体いつもそうなっている。逆に言うと、センサーを付けなくなると、やや生活が緩くなって上昇しやすくなるのは否めない。

このセンサーの使用有効期間は2週間なので、その間にどう変わっていくのか、また適宜報告してみたいと思う。





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