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自己否定の氷を溶かす⑤



人が懊悩し苦しんでいる状態は、あたかも心が血を流しているかのようです。
それを目にすると、私たちは何とかその血を止めてあげたいと心を砕きます。

しかし、人が血を流しているとしても、その血はサインだということを見落としてはならないと思います。
サインがなければ、私たちはその奥にある問題に気づくことができません。

肉体にたとえれば、吐血したらそれは胃潰瘍かもしれないし、肺結核なのかもしれません。いずれにせよ、吐血はその奥にある病気の存在を教えてくれるサインです。それが何のサインなのかを見極めることが重要です。

心の流す血は、今までの生き方の反作用かもしれませんし、幼いころから抑圧してきた問題が膨れ上がって抑圧しきれなくなったものかもしれません。あるいは深層潜在意識にある古い心の傷が関係しているものかもしれません。
それが何のサインなのかを見極め、自分の状態に気づくことがスタートです。

それを乗り越えるのは、本人です。その人にはそれを乗り越える力があります。

しかし、その力が出せるためには、その人が自分を信じて落ち着いて対処できるかどうかがとても重要です。パニックになってしまったり、自信喪失してしまえば、つぶされてしまうこともあります。

そういう時にそばにいる方の存在がとても大切になります。それはカウンセラーであったり友人だったり家族だったり、あるいは職場の同僚だったりすると思いますが、血が出ている時にも「大丈夫」と思ってくれる人がいると落ち着くのです。

これは本人の「大丈夫」と信じている部分を一緒に信じていることになります。
人の心には、不安で揺れる部分もありますが、一方には「大丈夫だ、乗り越えていける」という自信に満ちた部分もあるのです。

そばにいる人が不安になったら、その人の不安が増大しますが、そばにいる人が「大丈夫」と信じて動じなければ、自信に満ちた部分が力を得るのです。

過去にさまざまな問題を克服し、血が流れても乗り越えてきた人なら、自分もそれを乗り越えているから「大丈夫」と確信して一緒によりそってあげられます。何を言わなくても、そう信じてそこにいてくれるだけでいいのです。これが必要な存在としてそばにいるということです。

そういう人になるにはどうしたらいいのでしょうか。自分に来たものから逃げない姿勢を貫いて生きることだと思います。何がきてもそれから逃げずに、それを踏み台として成長してきた人は、人が成長する可能性も信じてあげることができます。

人を真に害するものはその人の自己否定の心であり、外の問題ではありません。

自分に来た問題は、それをテコにして成長する機会です。

血を流してパニックになっている人に対しては、その人の痛みや不安は理解して受け止めてあげることが必要です。
しかし、その不安に飲み込まれてはいけません。
苦しんでいる人の心の奥には「大丈夫、これは成長の機会だ」と知っている部分が必ずあるはずです。
苦しんでいる心に寄り添うだけでなく、同時に相手の自己信頼の部分に寄り添ってあげてこそ、本当の支援となると思います。

関連記事:自己否定の氷を溶かす④
心理カウンセラー 種村修 (種村トランスパーソナル研究所)
※メールカウンセリングや電話でのカウンセリングを行っています。
<連絡先>
電話 090-8051-8198

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自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
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彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…