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命の炎を燃やせ4 運命のいたずら

トリックスターの働き   人生には、「 運命のいたずら 」で人生が一変することがあります。運命を司る神様のおぼしめしとも見えないこともありませんが、その多くは深層潜在意識からの働きかけのように思います。 この思いがけない運命の内なる導き手のことを心理学では「 トリックスター 」と呼びます。私たちがトリックスターの抗しがたい力によって導かれることで、運命の激変とそれに伴う人格の変容を遂げます。 私たちの自我(エゴ)は、安定を求め、多く所有することも求め、社会的に評価されることを求めます。安定、評価、所有はエゴの特徴です。 ところが、トリックスターが働き出すと、変化を求め、自分の納得を優先し、自己放棄・献身の道へといざなわれます。 奴隷としてアメリカに売られながら、アメリカで身を立てて戦前の日本の大蔵大臣になって金融危機を救った方がいましたが、そこに見事なトリックスターの働きを感じます。 誰しも運命の急激な変動や思いがけない展開を経験することがあります。その背景にはトリックスターの働きがあるようです。  もっともトリックスターという特別の存在があるというより、そういう潜在意識の働きがあると捉えると、わかりやすいと思います。    トリックスターは人生の停滞を嫌うようです。会社勤めで毎日平凡な仕事にあけくれていたり、会社で出世できないことが見え出しお荷物になって停滞してきたり、ベテランの教師が同じことの繰り返しの中で成長が止まってきたり・・・。しばしばそういう時にトリックスターが現れます   私も人生では思いがけない出来事の連続でしたが、特に中年以降にそうしたことが増えました。今振り返ると、これはやはりトリックスターの働きが深層潜在意識で作用し人生行路を変えてきたように感じます。この導き手は、変化をよしとして停滞を嫌うようです。離陸を求め、単なるくり返しの人生を嫌う、そうした「成長」を求める意識が働いているのが分かります。どうやらそれはますます加速しているようです。  変化を加速することで人格が停滞せず、より成長していく方向へと向かう。それがトリックスターの狙いのように思います。   視点を変える ...

心身を健康にする呼吸法の勧め

悩みと取り組む基本の構え   さまざまな方からメールや電話でのご相談をいただいておりますが、   悩みを抱えた方に共通していることは、呼吸が浅くなっているということです。 心身一如という言葉のとおり、心と体は密接に関係します。 心の問題を解決したいときには、「身」特に「呼吸」に注意を払うことが必要です。 これが正しく悩みに向き合うための基本の構えを創るからです。   お釈迦様の呼吸法の基本   先ずお願いしたいのは、呼吸を整えるということです。 正しい呼吸法が身につきますと、精神が安定して心が揺れなくなります。 またひらめきがよくなり、頭の回転もよくなっていきます。 全体的に血流がよくなって、健康になります。 心身の健康の維持向上のためには正しい呼吸法は非常に大切です。   お釈迦様の呼吸法をお教えします。 これはアナパーナサチという名前で呼ばれています。   吐く息を長く時間をかけて行います。 吸う息は短めにします。 息を吐くときは下腹部に力を入れて、下腹を絞るようにします。 腹筋を使って、下腹のお腹をへこますのです。 そうして息を吐き出すと、非常に大量の空気を吐き出すことができます。 またお腹も圧迫されるので、腹部の血流が心臓へ送り込まれます。   吸う時は、力を緩めるだけでいいのです。 筋肉の力を緩めると自然に空気を吸い込みます。 吐く息を 10 秒でした場合は、吸う息は 4 秒から 5 秒でできます。 吐く息を次第に長くして、 15 秒から 30 秒ぐらいまでのばしていきます。 これがお釈迦様の呼吸法の基本です。 お釈迦様の呼吸法は、長く息を吐く呼吸だと覚えて下さい。   吐くときに下腹の腹筋を使って下腹をへこませて息を吐きます。 これを特に丹田呼吸と言います。 丹田呼吸をすると、お腹の血流が心臓に大量に戻るので 血...

命の炎を燃やせ③―愛の心を育む(2)

3.ありのままの自分を愛する    この段階に来た時に、私はありのままの自分を愛することができるようになりました。そして自己受容をできるようになると、人を受容できるようになったのです。ありのままの人を受容するというのは、その人を愛するのに条件をつけないということです。ありのままのその人を受容し、その人の苦しみも、葛藤も、問題点もありのままに受け入れながら、同時にその人の奥にあるダイヤモンドのような輝きのある「自己」を感じ取り信頼できるようになったのです。  人の苦しみは、その方の表面意識とその方の「自己」とのかい離があるために生じています。その方が自分の「自己」に目覚め、いわば「聖なる意志」につながりを取り戻した時には、悩みは消えていきます。そしてそれを手助けすることが、心理カウンセラーの私の使命です。  自分自身が「自己」と対話でるようになると、人の中にある「自己」、すなわち個性である「聖なる意志」と対話ができるようになります。私はある方の「自己」と対話していた時に、その方の自己はいかなる苦しみの人生を潜り抜けようと自分自身は超越潜在意識から分かれ出た「金剛身」(ダイヤモンドのように決して穢れることがない不滅の輝き)であるという自覚を、常に確固として持っていることを感じました。私は非常に感銘を受けました。そして改めて自己信頼を深めることができました。   4.共感の器を作る    私がさまざまな人の人生経験を伺うにつけて思うのは、それがどれほど厳しくつらく、時には悪と思える経験であっても、その経験を潜り抜けて本来の自己に立ち戻った時には、それらはすべて他者に共感する力を養った経験へと変わるということです。人はいろんな心の状態を経験します。人を害したり自分自身を傷つけることもあります。しかしそれがあるからこそ、他者の類似した経験に共感できる力が備わっていくのです。 この世の地獄の最深部を経験したほどの魂は、同じく地獄の最深部で苦しむ魂の心の叫びを深く理解でき共感を持って受け止めることができるはずです。それにより、苦しむ魂に共感的理解の架け橋を渡してあげることができるのです。絶望、恐怖、孤独などに苦しむ魂に寄り添って、愛のエネルギーを与えることができるので...

命の炎を燃やせ③―愛の心を育む(1)

                              1.愛の心が出る条件    私たちは愛の心を出せるときと、まったくと言っていいほど出せない時があります。愛の心が出せるときは、自分自身を愛せるときです。愛の心が出せない時は、自分を愛せない時です。  私は自分を振り返ってみて、自分に対する向き合い方が、人への向き合い方と呼応していることに気が付きました。  人の評価が気になって、人のまなざしや言葉の微妙なニュアンスに心が揺れるときは、私自身が人からの評価や愛を非常に渇望している時でした。その奥には、自分が自分を評価できず、愛せないために、周囲の評価や愛によって自分自身の心の空虚さ、心の傷口に栄養を欲していたと思います。  それが変わったのにはいくつかの段階があるのですが、自己に対する認識が変わっていくのと呼応していました。私は 40 代前に職を失い、自分のアイデンティティの危機を迎えました。この時点では、それまでの人生への後悔や知らず知らずのうちに人を不幸にしたことへの罪悪感、自分の将来への見通しがつかない不安、世間での評価が得られない苦しみ、自分自身への自信喪失。そうしたマイナス感情におしつぶされそうでした。そのために人からの愛を欲しており、それなしには生き続けることができないような気持ちを味わいました。プライドと劣等感のギャップから心が傷ついていました。こうした時に、自分から愛の波動が流れ出ることは難しかったと思います。  ただ唯一の例外があるとしたら、小さな幼稚園に通っている子供の世話をしている時に、私が昔父からしてもらったように子供を愛せたことでした。子の時間だけは、愛の気持ちを持てたと思います。やはり子供を世話すると、自分が同年代に持った感情や記憶がよみがえるため、私はその時代が幸福だったので、自然に愛を出すことができたと思います。   2.自己信頼の二つのステップ ...

命の炎を燃やせ②-心を浄化する(2)

( 前回から続く) 3 .影の統合 私達は誰でも、「自分はこういうひとだ」という自己概念や、社会的な立場から「私はこういう人間だ」というペルソナ(仮面)と言われるものを持っています。それに合致しない思いは、否定して、なかったことにしてしまおうと無意識的に拒否したり、自分でも受け入れられるような解釈に歪曲してしまいます。 例えば、人を呪詛して呪い殺したいという思いが湧くことがあると、そんな恐ろしい自分を認めたくないので、それは私ではないと意識が否定するのが普通です。でも、殺したいほど人を憎んだことがないかと言われれば、そういえばあの時にそういう思いを出した自分があったと、気が付く場合があります。この場合、人を呪詛する心があるわけです。そういう自分があるということを認めるのが「潔く自分を受け入れる」ということです。これが自分だと認めることができると、それをコントロールしたり、どうしてそう思ったのかという原因を考え、修正し、そういう思いをコントロールすることはできます。 その時に、大切なことは、そういう嫌な自分を発見したら、それによって 自分を責めたり、裁いたりしない ということです。 それは自分がそこから何かを学ぶ為に経験したことであり、そこで学んだ教訓を生かして、過ちを犯さない自分に変わればいいのです 。決して裁かない心を持って、そうせざるを得なかった自分自身を受け入れるのです。その時には苦しみや悲しみや、そうせざるを得なかった事情があるはずです。それを受け入れ、丁寧にその時に起きた自分の感情や思考を辿っていくのです。そして、ここから出発しようと自分自身を受け入れるのです。 受け入れるとは肯定や正当化ではありません。自分を振り返り、「そこから何を学んだのですか」と自分に問いかけて、同じ状況が出ても、二度と同じことをしない自分になれるように思考や傾向性を修正するのです。 これを「 自分に向き合う 」とか「 対決 」と言います。特に自分自身に特徴的なマイナスの思いは「影」と呼ばれ、心を浄化していくプロセスでは影との対決は避けては通れません。その際に一番難しいのは、その影は自分自身であることを認めて受け入れることなのです。その時に、影は自分にとって必要なエネルギーとして、自分を害さない何かに変化します...

命の炎を燃やせ②-心を浄化する(1)

1.反省ということ 心の浄化において、一番大切なのは反省ということです。自分が過去において行い思い語ったことが、他者の視点から見たときに、その他者を苦しめなかったかどうか。また自分自身を傷つけたりすることがなかったかどうか。この二つを点検して、自分自身を振り返り、過ちがあればその原因を探り、修正してゆく行為が反省です。  これは生涯に何度か振り返ってみる必要があると思います。というのは、その時点では良かれと思い正しいと信じて行った事でも、時間を経て振り返ると誤っていた点が見えてくることがあるからです。 ある宗教に入り、知り合いを勧誘していた人が、その時は善意のみで行動していたとしても、その宗教自体が間違ったものであったと気が付く場合があります。この場合は、その宗教を勧めた自分の判断が誤っていたことを素直に認め、どこがまちがっていたのか、その宗教のどのような汚れを身につけてしまったのかをつぶさに見つめ反省することは、とても重要です。そして過去の過ちを償う行為が必要になると思います。  これは会社でもそうです。どの会社にも固有の価値観や行動原理があるものです。たとえば成果次第で高収益になるような営業会社の場合、顧客の利益にはならないことを知りながら、平気でうそをついたり、過大な宣伝をして商品を売る場合もあります。その場合、その会社には、相手を騙すことを正当化するような論理があるのが普通です。生活のためとはいえ、それを自分の価値観や行動原理の一部として取り入れてしまうと、毒水を飲み続けることになります。やはりきちんと過去を反省し、どこがなぜ間違っていたのか。それに染まったのはどうしてなのか。自分のどこを変えるべきなのか。それを振り返って、修正作業をする必要があります。   2.抑圧した思いに憑依される  その時に、一番必要なのは潔(いさぎよ)さだと思います。これは自分だ、確かに自分はこれをした、そしてそれは人を傷つけたり、自分を堕落させる行為や思いだったと認めることです。そういうことをした自分を、それも自分だと受け入れることです。 私はこれは勇気がいることだと思います。それは自分の罪を潔く認め、これが私ですと告白して認める勇気です。潔く認めることができないと、その思いが潜在意識...