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自己否定の氷を溶かす④



心の中にある「自己否定の氷」を溶かすには、熱がいります。氷を肌に抱いて温めると、少しずつ溶けていきます。溶けた分だけ自己否定の固まりが減っていきます。

肌に抱いて温める行為とは、共感です。共感して傾聴し理解することで、氷は溶けだします。

人に聴いてもらうだけが共感ではありません。自分が過去の自分の思いに共感して理解してあげることも共感です。これはとても大事なことなのです。

わかりやすくするために、幼少期に母親にかまってもらえなくていつも一人ぼっちに置き去りにされていた過去がある人の場合を例にとります。

その人は子供時代に寂しいとか、かまってほしいとか、一人ぼっちは嫌だとかを誰にも訴えることができませんでした。だから、そういう思いを感じるとつらいので潜在意識に封じ込めてきました。自分に寂しいという思いがあることを意識できないほどに。

しかし、あるときふと寂しくて涙を流している自分を意識します。その時はなぜかわかりませんでした。「ひょっとしたら母親が一緒にいないので寂しいのかもしれない」という思いが一瞬よぎっただけです。

大人になって、カウンセリングの場でその光景がまざまざと蘇りました。そしてその子供の心に寄り添うと、とめどもなく涙が流れてきました。一人ぼっちで寂しかったのです。本当は温かい母親がそばにいてほしかったのです。そういう思いをずっと封印して生きてきたことを理解しました。

こういうケースは、現在の自分が過去の自分に寄り添い共感できたことを意味します。その時に流れる涙は、まるで氷が溶けて流れ出した水のようです。

同じことは、過去世の自分に対する今世の自分の共感という形でも起こり得ます。その場合は、深層潜在意識にある固まった「自己否定の氷」に寄り添い共感するということを意味します。

イメージしやすいように、物語を使って話したいと思います。

ある人は昔むかし、遠い遠い時代に、ある人を何とか助けてあげたいと思い努力したのに、かえって仇になりその人が苦しみを深めてしまった姿を観て、「自分なんかいないほうがよかった」と、強烈な自己否定をしました。それ以来、肉体が死んだ後も、大きな自己否定の氷の塊を抱いたままのエネルギーになりました。

そのエネルギーはいくつもの時代を経て生まれ変わったとき、誰かを守ろうとして「何とかしなくては」という強い思いが湧きでて行動した結果、不幸にして命を落としました。

その結果は、不幸な結果に終わりましたが、「何とかしなくては」という強い思いが湧き出ていた時、過去世である人のために尽したいと思って精いっぱい努力した自分の思いに寄り添っていました。寄り添って氷を抱いて温めていたのです。その共感で過去世の氷が少し溶けたのです。

こうして少しずつ氷が溶けていくと、深層潜在在意識の中にどれほど大きな自己否定の氷があっても、やがて全部溶ける時が来るのではないでしょうか。

大切なのは、自分なんかいなくなったほうがいいという自己否定をする前に持っていた、その人の純粋な思いです。誰かのために何とかしなくっちゃという、愛の思いです。その思いを思い出すことで、自分を肯定することが大事だと思います。

こういう魂の真実の姿にふれると、自己否定の問題では、その否定をする前に持っていた純粋な気持ちを思い出すことがいかに大切かと思います。ここで挙げた例でいえば、「お母さんと一緒にいたい。お母さんが居ないと寂しい」という気持ちや、「その人のために何かしてあげたい。見捨てられない」という気持ちです。

今回は潜在意識にある「自己否定の氷」を溶かすうえで、自分が自分に過去の思いに共感し理解することがいかに大切かというお話をさせていただきました。
(続く)

関連記事:自己否定の氷を溶かす③
自己否定の氷を溶かす⑤

心理カウンセラー 種村修 (種村トランスパーソナル研究所)
※メールカウンセリングや電話でのカウンセリングを行っています。
<連絡先>
電話 090-8051-8198




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