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自分を好きですか?



人を嫌って悪口ばかり出てくるとき、自分を自分自身を嫌っていないかどうか、自分に問いかける必要があると思います。

私たちの他人への感情は、自分自身への感情を投影していることが少なくないと思います。

誰も信じられないと感じる時、本当は自分を信じれないのではないでしょうか。
誰もかれもが嫌いと思う時、本当は自分自身を嫌っているのではないでしょうか。

私のそんな考えとぴったりと一致する文章に、最近接しました。
イギリス生まれの作家バーネットの名作『秘密の花園』にある一節なのですが、少し長くなりますが、勉強になるので紹介します。

大きなお屋敷で召使さんをするマーサが、10歳のつむじ曲がりでわがままな女の子メアリとした会話です。
メアリは自分は誰にも好かれていないと信じ込んでいます。「わたしのこと好きな人なんかいないもの」その言葉を聞いて、マーサは考えます。

「あなたぁ、自分のことは好きなんかね?」とマーサはききました。
メアリはちょっとためらって、きかれたことを考えてみました。
「ぜんぜん好きじゃない――ほんとに」とメアリは答えました。「でも、そんなこと、今まで考えたこともなかったわ。」
マーサは、なにか家のことを思い出したように、ちょっと笑いました。
「おっ母さんがそれと同じことを、うちにいうたことがあるんよ。」マーサはいいました。
「おっ母さんが洗濯だらいで洗いものをしていたとき、うちはむしゃくしゃしていて、人の悪口をいうたことがあったの、そしたらおっ母さんが向き直っていうには、『なんて意地わるい娘だね、あんたは! そこに立って、この人きらい、あの人きらいとか、いいつづけて。いったい、あんたは自分のことは、好きなんかい?』それでうちは笑うてしもうて、それですぐに自分がおかしかったことに気がついたんよ。」

これは、人の心の機微に触れた非常に深い話だと思います。

私たちも「自分は誰にも好かれていない」という気持ちに陥ることがあります。
その時に「あなたぁ、自分のことは好きなんかね?」と、
自分に問いかけてはいかがでしょうか。
誰も自分を好いてくれていないという思いこみが、
自分自身を嫌っている心の反映に過ぎないことが見えてくると思います。
そうしたら、笑いましょう。
笑ったら、きっと気分が変わります。

種村トランスパーソナル研究所(心理カウンセラー種村修)
<連絡先>
℡:090-8051-8198
メールアドレス:tanemura1956@gmail.com


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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
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