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学びと依存①・・・仮面をかぶるとき


洗脳につながる学び方があります。
誰かの思想や考えに敬意を払うだけでなく、それに依存すると、洗脳が始まります。
依存心が強い時は、自分独自の考えや感性を信頼しないで、誰かの考え方や感性を丸飲みするような形で受け入れようとします。

これは仮面をかぶった状態になることを意味します。
自分が自分で考え感じ取ることに自信が持てないので、誰かのものをかぶって、その人の如くなろうとします。
カルトでは教祖の思想や行動、感じ方まで自分がそのコピー人間になろうとしがちです。
自己啓発でも、しばしば似たことが起こ得るようです。

そうした特殊な世界だけではなく、企業の世界で業績を上げている上司の言うことを丸ごと受け入れて、その人のコピーになることで成果を上げられるように錯覚するのも、同じことです。
上司の考えや行動に無条件無批判に同一化して、自分が自分でなくなっていくからです。

何かを学ぶには、熟達した人のすることや考えをまずまねることは、初歩の段階としては有効性がありそうです。
幼い子供は親の言動を全部まねることで成長します。
いったん丸ごと受け入れて、実際にやってみることで、何が起きるのかを見てみようとするのは、学びにとって有効であるでしょう。

しかし、危険があります。
自分の心が感じている違和感や、警告を無視して、あるいはその違和感を感じる理由を追求せずに保留状態にしていると、どんどん相手の世界に釣り込まれていき、その間にどっぷりと影響を受けるからです。
相手の悪い想念に支配され心が毒されたり、相手に心を支配されて考え行動する自由を失っていきます。
自分が自分でなくなっていきます。

やはり自分の心が発する警告、違和感は、耳を傾けるべきです。
違うと思うことは、何が違っていると思うのかを、自分で自分に説明してみるべきです。
そうしないと主体性と個性を失い、相手の仮面を知らず知らずのうちにかぶっていき、どんどん自分らしさを失っていきます。
親しい人から、「今のあなたはあなたらしくないよ」、と指摘されるのは、そういう時だと思います。

<連絡先>
お悩みがあればお気軽にご相談ください。
種村トランスパーソナル研究所(心理カウンセラー・種村修)
℡:090-8051-8198

メールアドレス:tanemura1956@gmail.com

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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…