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自分を信じている自分に気づく

私が自分の中の「孤独」を感じ寂しさにも気づいた時、さらにその孤独の感情を見つめようとしました。 しかし、孤独をいくら見つめても、結局、孤独にしかならないことに気づきました。人からの信頼を失う恐怖、その結果孤独になる恐怖を味わい猛烈な孤独を感じたのですが、その孤独をいくら見つめても、孤独にしかならないことが理解できたのです。
そこで自らに問い掛けました。 「心の奥には、人を信じ、そして自分自身を信じている自分がいるのではないか――。」 人を信じているから、告白ができたのは事実です。信頼を失うことを危惧しつつ、結局、人への信頼を失わない自分がいると思います。 もう一つ、他人だけではなく自分自身も信じている自分がいます。だからどんなところからでも立ち直り、一人ででも道を切り開いていこうとする自分がいます。 自分は自分を信じているとだけ言い切れるわけではないのですが、自分を信じている自分がいることは確かだと思いました。 これは自己信頼の核となる拠りどころの発見でした。
次に問い掛けたことは、自分を信じている自分に気づいたのであれば、それを行動で示すとはどういうことか、ということです。 自分を信じている自分がいるということは、理論でも思想でもなく、事実です。心の事実です。 ですので、幾ら理屈を考えても、自分を信じるということを深めることができません。自分を信じているという思いを深め、その確信を強めるには、行動が必要です。
信じている自分に気づいたのであれば、それをいかに行動で表わすべきか。 思っているだけではなく、行動することでその確信がどう変わっていくのか。自己信頼を行動で示すとは、いかに行動するべきなのか。
それが追及するべき次の課題であると思うようになりました。
心理カウンセラー・種村修(種村トランスパーソナル研究所) <連絡先> 電話 090-8051-8198 メール tanemura1956@gmail.com
※メールによる相談を中心にカウンセリングを行っています。

寂しさと恐怖心

私はかつて、自分の秘めている秘密を話そうとした時、これを話せば信頼関係が消えるのではないか、自分は孤独になってしまうのではないかという恐れをもっていること自分に気づきました。
その恐れの奥にある感情は、寂しさでした。自分が誰からも理解されなくなり、人が去り孤独になるときの寂しさだとおもいました。 でも、もっと深く見ていくと、寂しさには根っこがあり、その根っこは別の恐怖心につながっていました。
ここでは私の自己発見のプロセスを紹介します。 これが読者の自己探求のヒントになれば幸いです。
私は次のような問答(自己対話)をしました。
問掛「寂しいと感じる自分は、どうして寂しいと感じるの?」 返答「理解されないと寂しいと思う」 問掛「理解されないとどうして寂しいと思うの?」 返答「理解されないと孤独を感じるから」 問掛「なぜ理解されないと孤独を感じて寂しいの?」
ここで少しはしょりますが、こうした問答を繰り返しながらふと気づいたことがあります。
理解されない寂しさ。この寂しさを感じている主体は、本当に「自我としての自分」だろうか。そうではなくて、「本当の自分」が「自我の私」に理解されていないことを寂しく感じているのではないだろうか。 自分は自分自身のことを価値のある存在だと認めて、理解して、信頼してきたかといえば、そうではなかった。 「本当の自分」が、いつまでたっても私が理解してくれないことを寂しく思っているのではないか。その寂しさを私は感じ取っていたのではないか。
寂しさの奥には、気づいていない自分がいた。 それに気づいていないから寂しい。 気づいていない自分に気づけば寂しさは消える。 自分が気づいて欲しい、自分自身が寂しがっていることに気づいてほしい。

心の奥を探る

自分の心を知らなければ、人の心は分かりません。
今から5年前になりますが、私は心の中にあった根源的な寂しさに出会って、人の抱える寂しさについてそれまでよりも深く理解できるようになりました。 また、個人の秘密であり心の闇でもあることを語る時の恐怖心と向き合った時に、人が恐怖心と向き合う時の戦慄を理解できるようになりました。
自分の気持ちは書物には書いてありません。 この星の中で、自分の心を見つめ、自分の持つさまざまな感情に触れて初めて、自分がわかり人が理解できます。 知識を通してでなく、実際に心を見つめる経験を通して初めてわかることです。
自分が「今」の感情を見つめ、掘り下げていって初めて、そのさらに奥にあるものが出てきます。 その繰り返しの中で、自分の根源へとさかのぼれます。 自分の根源でもある本当の自分を知るということは、自分の秘めた可能性を知ることであり、自分の個性がいかなるエネルギーであるかを知ることです。 実際に経験してつかんだとき、そのエネルギーを発揮することができます。
そうした自分の根源を知る方法の一つに瞑想があります。 深い瞑想で心が感じ取ったことは、確かな経験となり、刻まれます。自分が肉体に制限された存在ではなく、もっと広がりをもった存在であることを思い出させてくれます。
私の探究の途中で体験したある日の瞑想体験を書いてみたいと思います。
温かさが背中から、腕、そして全身へと広がりました。 温かさに包まれて、とても心地よく感じています。 ハスの花を思い浮かべます。 巨大なハスの花のつぼみです。 ポンと銀河宇宙へと飛び出してみています。 心地よい暖かさに包まれています。 宇宙を包み込む大きな優しさを感じて、孤独の思いが取れてゆきます。
ハスのつぼみが花開きます。 ポンと開く。 何の不安もありません。どんな不幸もありません。 つぼみのままでいる必要がありません。 美しく花開きます。
さらに宇宙空間へと行きました。 一人でも恐怖心はありません。 心地よさに包まれています。 言葉にはならない「愛しているよ」という愛の思いを感じて癒されています。
心理カウンセラー 種村修 (種村トランスパーソナル研究所) 連絡先:℡ 090-8051-8198 📨tanemura1956@gmail.com

不安を見つめる(投稿)

私は数年前に、ある病にかかりました。それは生命の危機というものではないのですが、生活に影響を及ぼす治療法のない不治の病です。 大病院の先生が、年に一人か二人程度と言われた、そんな珍しい病気でもあります。 発病当時は、目の前が真っ暗になり、将来に怯え、その結果として不安神経症に陥りました。 不安は突然に押し寄せてきて、仕事をしている時や買い物に出かけた時など、状況にはお構いなしに不安が押し寄せてきて、立っていることさえ難しいような、そんな状態に陥りました。
このままではいけないと思い、種村様の指導の元で不安神経症を克服し、さらに自分を内側から見つめ直すべく自分なりに頑張ってきたつもりです。 それは、自分の病気は自分の歪んだ心の影響であり、その歪んだ心を直すことが出来れば病気も治る可能性があるのではという、色心不二の思いもありました。
そんな最近の出来事ですが、休み明けの日に、急に朝から不安に襲われました。 ふとしたきっかけで、病気に対する不安が次から次へと押し寄せて来ました。 比較的生活も落ち着いて、自分なりの趣味も初めており、最近は、発病当時のような急激な不安に襲われることがなかったので、私自身驚きました。 確かにその不安は、病名を知って不安神経症になった時とよく似ている感情だなと思いました。 ならばと、その不安を見つめて味わってみることにしました。
この言いようのない不安は、何がきっかけで出てきたのだろうかと感じてみると――、 休みの日に何もしないで遊んでいたこと、生活が落ち着いたので病気のことを忘れて日々の対処療法を怠っていたことが原因ではないか、 このままでは、今は落ち着いている病気も進行して、やがて生命に影響を及ぼすのではないか、 ――そんな気持ちから出ているのだろうなと感じました。
そういうことを考えながら会社に到着して、会社で他の人を見ていると――、 ふと「不安が来るのは幸せなのかもしれないな」と考えてしました。 仕事でも不安があるから立ち止まって安全確認をします。大丈夫だろうかと心配だから考え直したり、再度確認したりします。 だから不安とは、「大丈夫なのか? もう少し考えてみたらどうだ?」 そんな立ち止まって現状を見つめ直す機会ではないかと考えたのです。
ならば、「不安に感謝しないといけないな」と思いました。 土日にやるべきことをやってないだろうと不安が教えてくれたのならば、改める努力をし…

心を見つめるポイント

心を見つめるということは、カウンセラーや宗教家や思想家の専売特許ではありません。 その対極にある山登りやヨットでの長い航海や、何日もかけて走る極限の長距離走など、さまざまなスポーツの世界に挑戦する人も、実は自分と向き合い心を見つめています。
いかなる世界に生きるにしろ、心を見つめ、自分に打ち勝ち、新たな自分を発見することを、私たち人間は成長の喜びとして感じています。 外にばかり目が向いている時期が続いても、何かのきっかけで内に目を向けざるを得ない時期というのが必ず来ます。外なる成長は、内なる成長を伴わなければ持続できません。 心を見つめるというのは、万人にとって成長のための基本的ないとなみであると思います。
心を見つめてきた中で、私自身が感じたポイントがいくつかあります。 そのいくつかを書き留めておきたいと思います。
①確固たる意志を感じ取ること。 これは心を見つめる目的に近いものでもあると思います。何人にも個性が持つ確固たる意志というものあります。それを感じ取った時に、私たちの人生は動き出します。自分を変えたい。自分の根源に辿り着きたい。そういう意志も確固たる意志の一つだと思います。
②恐怖に向き合う肚を決めること 自分の感じる強い恐怖は、乗り越えるべき何かがそこにあることを教えています。恐怖に向き合うのに必要なのは、知識でも思想でもなく、肚を決める勇気です。度胸です。 肚を決め勇気を出して恐怖に向き合った経験があると、そこから道が開けることを実感します。さらに人の感じる怖さが分かるので優しく寛容になります。
③過去を起点とせず、今を起点とする 自分を見つめるというと、とかく過去に目がいきやすく、過去のことを悔やんだり後悔しがちです。 しかし、目を向けるべきは過去ではなく、今です。今、ここで感じている思いや感情こそが、見つめるべき心です。今の感情に向き合った時におのずと関連して思い出されてきた過去であれば、その時は過去を見つめているというより今を見つめる延長となります。
④自己否定を発見すること 私たちが苦しんできたおおもとは、自己否定にあります。何かをきっかけに自己否定すると、そこで成長が止まります。そして苦しむのです。 どんな自己否定があるのかを見出し、それを肯定に転換できると成長が始まります。
⑤苦しみはサイン 苦しみと見える現象は、サインでもあります。自分が本来の姿から外れていたり、成長のわ…

過去と今…自分を変える要点

私たちの心には、過去世の記憶があると思います。 その記憶の保存場所を私は深層潜在意識と呼びたいと思います。 深層潜在意識には、しばしば過去世で体験した強烈な体験と感情が刻まれています。それが心の傷となって癒えずにいることは珍しくありません。
私たちは生きていて、深層潜在意識にある心の傷を自覚する時があります。 過去世と類似した局面が起きたときに、その時、「今」の感情として、「過去」の傷、深層潜在意識に刻まれていた強烈な感情を経験するのです。 それゆえに、「今」起きている感情を見つめ、その感情にむきあうと、過去世から持ち越した感情に直面することになります。
向き合うのは、あくまで「今」の自分です。その「今」の感情に「過去」が含まれているのです。 それに向き合い「今」を乗り越えていけば、「過去」をも乗り越えていけるのです。
その意味で、「今」(現在)が変わると「過去」も変わります。 過去の出来事は変えることができなくても、過去の刻んだ感情は今と向き合うことで変化できます。そして癒されます。過去を引きずってきた自分が癒されるのです。
ゆえに「今」を見つめていないと、「過去」も気づけませんし、「今」も「過去」も変えることができません。 「今」の感情や強烈な思いから目をそらさずに、それに向き合いことによってのみ、変化してゆけるのです。
知識を学んで自分を変えようとすることも、長い間、私はとり組んできました。 でも、知識で変えられるのは考え方であって、感情はほとんど変えられませんでした。心の傷も癒えませんでした。 知識を実践した時には変化がありましたが、知識を学だけでは変わりませんでした。 結局さまざまなことを自分で実体験し、その過程で自分と向き合うことなしには、自分を本当に変えることはできないということがわかりました。
誰かの思想をいくら学んでも、直接体験してつかんだものにはかないません。自ら体験してこそ、自分自身の導き方がわかり、他人の導き方も分かります。
もう一つ気づいたことがあります。人が体験して思想として打ち出していることが真実かどうかは、自分で体験をしていないと判定ができないということです。
これは洗脳から脱する際にも必要なポイントになります。 自分が信じ込んで支配されていた思想から自由になるには、自分の体験を重視し、今の自分を見つめることです。

心理カウンセラー・種村修 連絡先 090-8051-819…

感情を見つめる効果

自分の感情を見つめるのは、必ずしも楽なことではありません。 自分に都合の悪い感情や、見たくない感情を、見ないで避ける傾向が、私たちにはあるからです。 本音の感情を出したくても出せない場合もあります。親や職場の上司に気にいられないとそこでは生きていけないのではないかと恐れている場合、嫌悪の感情は抑圧してしまうでしょう。
しかし、自分の感情から逃げずに向き合うと、心に変化が生まれます。 カウンセリングのなかで、自分の感情に正直に向き合った体験をされた方は、それを実感されています。 言いにくい心の本音を告白し、自分のそれまでの在り方を変えたいと本心から願ったときに、大きく心が変わり、人生も変わりだします。
自分の感情から逃げて目を背け続けていると、体に異常が出ます。何らかの症状が出てくるのです。 肩こりや、頭痛、腰痛から始まって、さまざまなケースがあります。 抑圧した感情が、潜在意識の中で膨らみ続けるうちに、意識として表出できないので、しかたなく身体の症状として出てくるのです。 それは、症状として出ることをきっかけにして、抑圧した感情に気づいてほしいと訴えているように見えます。
この場合、症状の本当の原因は抑圧した感情です。その感情に気づき、自分が目を背けていた本音の感情を自覚し、誰かに話せると、症状が軽減するか消えたりします。
見たい自分も、見たくない自分も、両方ともありのままの自分です。 そのありのままの自分を認めて受け入れることがどれほど大切かを、これは教えてくれているように思います。

心理カウンセラー 種村修 カウンセリングはおもにメールと電話によって行っております。 皆様のご相談をお受けしております。 連絡先:℡ 090-8051-8198
📨tanemura1956@gmail.com

仕事の失敗とその克服法

社会で働いていると、自分がいかに失敗しやすい人間かが見えてきます。
そのことを一番痛感したのは、ある職場で、依頼されていた予定を手帳に書いておかなかったために、当日本社から電話確認されるまで、まったく気が付かなかったことです。この時は時間をずらせていただくことで、何とか対応しできたのですが、冷や汗滝のごとしといったありさまでした。 二度と同じ失敗はするまいと自分に誓い、予定が入ったらすぐに手帳に書き、さらにカレンダーにも書いて、毎日確認する習慣をつけました。
実はその職場では、予定を忘れるという失敗をする人が時々出て、その度に本社から注意が回ってきていました。私はそれを目にするたびに、プロとして信じられないと思って、冷ややかに見ていました。よもや自分が同じことをするとは夢にも考えていませんでした。
でも自分がプロとしてあり得ない失敗をするということを痛感してからは、人がする失敗はいつ自分がしてもおかしくないのだと痛感しました。そして人の失敗を謙虚に受け止めて、意識するようになりました。
人の失敗は決して他人事ではなく、いつでも自分も同じことをなしうるという発見は、他人の失敗から学び自戒する意識をもたらしてくれました。そして謙虚さを学びました。
失敗をした時は、なぜ失敗したのか、どこが失敗の原因なのかを追究することが必要です。これをしないと、同じことを繰り返します。 さらに失敗の原因を知った上で、それを防ぐために何をするかを決めなければなりません。具体的な仕事手順の改善や、仕事内容の改善をしないと、同じ失敗を防ぐことができません。
そこで、失敗したら、その都度改善する具体策を考え出して、上司には反省とともに報告するようにしました。こうすれば言葉だけの反省ではなく、本気で改善したいという姿勢が伝わります。
余談ですが、こうしたことは職場では人間関係に緊張感があるので取り組みやいのですが、家庭では緊張感が不足するので、何度も同じことを失敗しがちです。家庭での失敗にも仕事と同じようにとり組めば、きっとより幸福な家庭になると反省しています。
心理カウンセラー・種村修 連絡先 090-8051-8198 メールアドレス tanemura1956@gmai.com

マイナスの想念が溜まっていくとき

私は日常生活の中で、時折、マイナスの想念がどんどん膨らんで、身動きできないように感じることがあります。
どういう時にそうなるのかと振り返ると、一つの思いが膨らんでいき、身体が実際に重くて動けなくなる感じがします。体を動かすのもおっくうになり、外に出るのはもっとおっくうになります。そしてじっとしていて、テレビをつけたりネットを見たり、あるいは横になったりするのですが、頭をぐるぐる回る内容が気になって、少しも気晴らしができません。 「固まっている。」 まさにそういう感じがします。
こういう状態は、じっと考えれば考えるほど、どんどん重くなっていくことに気がつきます。じっとして考えていると、低い大地に水が溜まっていくように、マイナスの想念のエネルギーが溜まっていくようです。その想念エネルギーは重く、実際に身体が重くなった感じがします。考えれば考えるほど、ゴミもたまってきて、ぐるぐる巻きになる気がします。
この状態から抜けたときは、どういうときでしょうか。
私は戸外を散歩したり、身体を使ってする労働をした時に、身体が軽くなりだします。動くことで、ぐるぐるとたまっていく一方のエネルギーが軽減していくことを実感します。少なくとも固まらなくなります。重くて押しつぶされそうな気持から開放されます。
心身一如といいますが、本当に体と心の関係は不思議です。
体を使うことで、心が変化します。沈んで固まっていた心が、身体を動かすことで、心を抑えつけていたマイナスのエネルギーが発散できて、動けるようになるのです。
止まった水は腐ります。 流れている水は腐りません。
心も固まると腐ります。 動いて流動していると、腐りません。 これはうつ状態だった時に、実感したことです。
こういう明らかな経験を何度かすることで、わたしなりの処方箋が生まれました。
処方箋その1 ネガティブな気分になることは、考え続けるのをやめる。 どうしても考えなくてはならない時は、短時間で結論を出す。 結論を出したら、もうそれ以上は考えないで行動に移す。
もしも結論がなかなか出ないときは、それ以上考えることをやめる。
現実には、なかなかその通りに行かないことも多いのですが、この処方箋を出すことで、知らず知らずのうちに考え続けている自分に気がついて、ストップをかけることができます。 「この問題はこうすると決めた。だからもう終わったことだ。」 「この問題は、今いくら考えても…