スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

2017の投稿を表示しています

感情を調べる③・・・花に惹かれる心

自分で一鉢だけのバラを育て出してから3年目になるのですが、今までは、何とか枯れないで毎年白く小さな花を咲かせてくれるのを見て、ほっとして喜んでいました。
それが今年、変化したのです。
家の引っ越しがきっかけですが、ベランダが少し広くなったので、何か欲しくなり、もう一鉢別の種類のバラをこの春に買いました。バラをもっと育ててみたいと思い始めたのです。

それとともに、街を歩いた時に、やたらとバラの花に目がいくようになりました。
さまざまな種類のバラが、5月には咲き乱れます。私は5月生まれなのですが、いままでバラに関心がなかったので、5月がバラの花の季節だったことに、今年まで気が付きませんでした。
しかし、関心が出てくると、いろんな家に植えられているバラの花に目がいって、こんなにもバラを植えている家が多かったのかと、びっくりしました。そして目と鼻で、さまざまなバラを楽しませていただき、とても感謝して街を歩くようになったのです。

他にも今年は発見がありました。その一つは、木に咲く花に惹かれている自分がいることに、初めて気づいたことです。

最初は桜でした。今住んでいる場所には、あまり桜の樹がないのです。
以前住んでいた我孫子の手賀沼べりには、桜並木が住まいの目の前にあり、部屋の窓から毎年桜が見えました。
しかし、引っ越してから周囲に桜がほとんどないため、桜を見れないことがこんなに心に飢餓感を感じるものかと、驚きを感じたのです。桜を恋しく思い、いろいろ街を歩き回っていて、ようやく川沿いの桜並木を発見したときは、並木道を歩きながら、すごく満たされるのを感じました。

私は日本人だなと、しみじみと感じたのはこの時です。
日本人の文化的な遺伝子が自分にも入っていて、桜を見ないとストレスになるのだろうと思いました。
「しき嶋のやまと心を人問わば 朝日に匂う山桜花」
本居宣長の和歌が、脳裏によみがえりました。また西行法師が春になるたびに吉野桜を見に行った故事も思い出しました。

桜が散る頃、別の白い花が目につきました。ハナミヅキです。近くにはハナミズキの並木道があり、堪能しました。何かすごく満たされるのです。

昔でしたら、パンジーなど草花に関心がいっていたのですが、今年はそちらの草になる花にはあまり気持ちが向かわず、ひたすら木に咲くに目がいき、それを美しいと感じ、見ているとうれしくなって満たされるのです。
そういう感情を見…

感情を調べる②・・・抵抗

自分の感情を調べる時に問題になるのは、感情に向き合うことへの「抵抗」が生じることです。
特に、トラウマのような深い深刻な感情であればあるほど、抵抗は強くなります。
極度の恐怖心、強い不安、真っ黒な絶望・・・、そういうネガティブな感情が湧き起きたとき、この世で生きている自分の心<自我=顕在意識>を守るために、それを感じることを無意識に拒絶することがよく起きます。そして、その感情を、潜在意識に押し込め、抑圧し、封印するのです。

その感情を思い出して向き合い、味わい、吐き出し、心を浄化したいのですが、やはりそれに触れるのは怖いです。それは半端な怖さではありません。

だから、「抵抗」が生じて、自分に向き合おうとしても、気をそらしたくなり、テレビを見たり、家事をしたり、仕事のことが気になって作業をしたり、あるいは酒を飲んで寝てしまいます。
逃げていることは分かっています。しかし、逃げていると知っても、どうしようもなく怖いので、目をそらすのです。
こういう時に、自分一人では向き合うのは無理だと感じます。一人ではどうしても逃げてしまい、感情を補足できません。
そういう時に、本音で心の話ができ信頼できる家族や友人がいると、その人に話し、その人から自分への意見などを聞きながら対話していると、何とか気づきを得ることができたりします。
そういう人がいなければ、カウンセラーが必要になります。
しかし、カウンセリングが進む中で、抑圧している感情に向き合うことが不可欠になると、まるでカウンセラーに無理やりさせられているような気持ちを持つことが起きます。
その時の心理は、自分が被害者になっており、カウンセラーが加害者そのものです。「カウンセラーに無理やりいやな記憶を思い出さされて、強制された」という被害者意識が湧いてくるのです。これは「抵抗」です。
実際には、過去に加害者だった人への感情が、カウンセラーに対して向けられているのですが、それに気づきません。これが「投影」と言われている現象です。
投影とは、実は自分が過去において加害者に抱いていた感情を、カウンセラーなど第三者に対して感じることです。これは自分の潜在意識にある感情を、カウンセラーという鏡に映しているのです。本当は投影しているにもかかわらず、現在ただいまのカウンセラーが加害者そのものであると感じられます。
この状態では、カウンセラーへの攻撃が生じるので、そのま…

感情を調べる①・・・怒りと投影

感情は自分を知る手がかりです。 その中でも怒りは、手掛かりとしてわかりやすいと思います。
人間関係の中で、ある時ある人に、なぜか怒りが湧いてくるという経験が私にはあります。 参考になるかもしれませんので、その時に振り返ってみたことを述べたいと思います。
あるとき、若い人と一緒にある作業をしていました。 私は、その若者が自分の好きなことは熱心にやるのに、興味がないことはやりたがらないという怒りが湧いてくるのを感じていました。
同時に、そう感じる私に、違和感を感じました。 なぜなら、その時は、その若者が露骨に好き嫌いで仕事をしていたわけではなかったからです。 にもかかわらず、「この人は自分が好きなことだけをしている」という怒りが心の中から湧いてきていたのです。
私以外の他人の思いが混入していないかと反省しました。 一つ思い当たったのは、一緒に作業をしてた何人かの人が、その若者に対して同じ批判を本人がいないところで話していたことです。他人の怒りを吸い込んでいて、その想念が私に働きかけていた可能性がありました。
他人の想念のエネルギーの影響は、その影響に気づいて、それを確かにあると認めることで、自分とは分離できます。自分とは違う思いだと、一線を引くことで、他人に影響を受けない本来の自分の思いに向き合えるのです。
この時は、他人の思いを分離した後でも、怒りが残っていました。 こういう場合は、投影の可能性を検討する必要があります。 つまり、私の深層潜在意識が今の自分の在り方に対して怒っていることを、誰かに投影して、その人への怒りとして感じる。これが投影です。 投影があると、問題としている対象は単に自分の隠れた感情を映してくれる鏡に過ぎません。
そこで投影だとすると、私の深層潜在意識は、今の私に対して「好きなことだけして、したくないことはやろうとしない」と怒っていることになります。 そういう自分があるだろうかと振り返ってみると、ありました。 自分自身を見つめることに対して抵抗があり、なかなか向き合おうとせずに、いろいろ興味のあることに気をそらせ、時間を費やしていた自分があったのです。 「こういう自分に対して、私の深層潜在意識は怒っているのだな」 そう思うと、腑に落ちました。 そして、逃げている自分を反省しました。 「逃げないで向き合おう、好きなことだけしないで、苦手なことに挑戦しよう。」 改めてそう思いました。
投影という心…

掃除の力⑧・・・脱臭

部屋の環境づくりのために欠かせないことの一つに、匂い対策があります。
一番気になるのは台所とトイレですが、基本的に水回りは一番汚れが集まる場所でもありますので、毎日掃除するに限ります。 私はトイレ掃除を重曹を水に溶かして、それをスプレーにして使っています。こうすると脱臭効果が伴うので、非常に効果的です。毎日丁寧に便器を拭き掃除し、床も拭き掃除すると、常に清潔感が保てます。 また芳香剤はトイレの上方(棚の上)に置き、脱臭剤は下方(床)に置いています。芳香剤を下にして、脱臭剤を上にすると効果が半減するようです。
台所は毎日夜に拭き掃除しますが、その折に、床や壁面も拭き掃除することで、においまでもとるようにしています。魚を焼くところは、とくに魚の油が飛び散っているところににおいが残りますので、内部まできれいに拭き取ります。ここでも重曹を活用すると、脱臭効果が得られて効果的です。
部屋の脱臭の基本は換気です。換気した部屋とそうでない部屋は、まるで空気が違います。特に観葉植物があると、観葉植物は空気のよどみを嫌うようですので、換気が欠かせません。
しかし、いつも使う部屋などは、なかなか匂いが取れずに、嫌な気分になることがあります。こういう時に効果があったのは、やはり重曹です。 私が初めて重曹をコップに入れて、私の部屋の机の上に置いておいたとき、翌日部屋に入った時に感じたすっきり感に驚きました。今まで感じていたにおいがほとんど消えていたのです。
重曹の脱臭効果については、ネットで簡単に調べることができますので、色々活用されるとよいと思います。 清潔な空気、嫌なにおいのない空間は、快適な生活環境に欠かせません。それが重曹を使うと非常に安価で効果的にできるので、静かなブームとなっているのだと思います。
<関連のブログ記事> http://tanemura2013.blogspot.jp/2017/01/blog-post_15.html
<ご案内>
種村トランスパーソナル研究所では電話カウンセリングやメールによるカウンセリングを行っています。
℡ 090-8051-8198
メールtanemura1956@gmail.com

うつと睡眠障害

うつの時は睡眠障害が起きやすく、それはとてもつらいものです。 私もうつで苦しんだ時期に睡眠障害で苦労し、いろいろ工夫を重ねて乗り越えたことがありました。
私がこれまでに試して効果があったのは、主に3つでした。
一つは昼間の運動です。運動と言っても数十分の散歩からジムでの筋トレまでいろいろやりました。 筋トレは、ジムに行くまではすごく気が重いし体も重いのですが、実際に筋トレを始めると気分がよくなっていくのが実感できました。急速に気分がよくなっていくのは、きっと脳内物質の変化を伴っているからでしょう。もちろん肉体が疲労するので、眠りやすくなりました。 散歩は、5000歩前後をひとつのめどにしました。うつの時は自宅に引きこもりやすくなり、動かなくなって固まっていくので、気分も停滞したまま動かなくなります。散歩は日光に当たりながら外気を吸い外の景色を見るので気分も変えてくれますし、歩いているうちに体が適度に疲労するので、夜は眠りやすくなりました。 家族が味わった極度のうつでも、回復期には歩いたり歌ったりといった、身体を使うことがうつからの回復を促進しました。 体と心は密接に関係しています。だから身体を動かすということは、心がうつ状態という一か所に停滞しているのを刺激し、心を動かす上でとても効果があると感じています。 その意味で睡眠障害は、もっと身体を動かしてほしいというサインではないかと思います。
睡眠障害を乗り越えるために、2番目に効果があったのは、音でした。α波の出やすい音を聞くことでした。私が特に効果を実感したのは、水の音、波の音でした。波の音を記録したCDを購入し、寝るときにそれをつけっぱなしにすると、不思議なほど眠れるようになったので、驚きました。 うつの時は、心の中は否定で一杯になっています。自己否定、過去への後悔、未来への不安と否定、自分の人生の否定、他人の否定なのです。この思いのリズムはきっとがちゃがちゃした暗い音でありβ波だと思います。 α波の音を聞くと、それが中和され心が穏やかになり、身体も穏やかなリズムに戻るので、深い睡眠に入りやすいのだと思います。
ちなみに、自律訓練法という一種の自己催眠がありますが、これも非常に効果があります。これをすると昼間でも、安息を伴った軽い睡眠に入りますので、短時間ですっきりとします。これもα波に切り替えていく方法の一つだと思いますが、電車の中…

己を縛るもの

私たちは自分の考えや習性が自分自身を縛っていることに、なかなか気が付けません。 しかし、それに気がつけたとき、縛りを脱する可能性が生まれます。 気づきのきっかけは、自分の思いや行動に違和感を感じたときを大切にすることで広がると思います。
ある人は、仕事で自分が小さなミスをした時に、それを上司に言えずに黙ってしまっている自分に気づきました。この人は正直を大切にしたいのに、それに背く自分を見て、どうしてだろうと疑問を持ちました。そして自分の「隠ぺいの癖」に違和感を感じたのです。
振り返ってみると、過去にもいろいろ大きなミスを黙っていた自分がありました。大きな失敗程、それを認めたくない気持ちが働き、本当に、それを忘れたこともありました。ミスした事実を顕在意識で「否認」したいと強烈に思ったので、潜在意識に記憶をおしこめ、本当に忘却していたのです。あとで、大きな問題になってから、それに直面して愕然としました。
カウンセリングで心を見つめているうちに、内心で自分が描いている「理想の自分」と相反する行動が出たときに、それを認めるのが嫌で隠したくなることが見えてきました。
その「理想の自分」とは次のようなものでした。 ・失敗しない(自分) ・周りに認められている(自分) ・努力を人一倍する(自分) ・すぐに理解しすぐにできる(自分)
話し合っている間に、この理想の弊害も見えてきました。
「失敗しない自分」を描いているので、失敗すると隠したくなり、失敗から学べなくなっている。失敗は成功の母なのに、失敗を否認すれば、失敗を生かせない。
周りに認められることが理想なので、失敗を隠すのだが、それが露見すると逆に信用を無くしていく。また、自分が納得するという仕事の仕方ではなくて、人の評価を意識する仕事になっている。人に見られる自分が気になるので、人のことを見ていない。
努力主義なので、リラックスとのバランを欠きやすく、疲れて効率が落ちることが多い。結果、怠け者になっている。
すぐに理解しできるのが理想なので、時間をかけてじっくり探究して、本当に理解することができない。すぐにできないとあきらめてしまうか、もうできたと思って探究をやめてしまう。
描いていた「理想」それ自体の弊害とともに、「理想の自分」(こうあるべきだという自己像)を描き、その枠に自分をおしこめようとしていた「思考の癖」の弊害にも気が付きました。 この癖の結果、…

成長にならないことは起きない

成長にならないことは起きない。 すべては成長になる。
こういう観点で人生を見ていくと、成功失敗、敗者勝者という枠を超えて、常に自分を成長させる生き方を選べることに気がつきます。 私は40代の時、リストラとそれに伴う激しいうつ状態を経験しました。あまりに自殺衝動が激しいので、大きな病院の精神科医に相談したことも、一度だけありました。 当時は仕事や友人、価値観、それらすべての喪失がうつの引き金となり、自分は人生の敗北者であると思いこみ、自己の全否定をしていました。あの時にあれだけ激しかった自殺への衝動に、よく耐えれたものだと思いました。
そうした経験でも、あの時に生活基盤を失ったから新しい自分をつくることができたと、今は思います。同じ職場にいたら、私の成長は止まり、心は停滞・後退に入っていたとことは疑いないと、そう確信しています。 そして人生の底を打って、そこからはいあがった経験が、自分の強さ、しなやかさを確信させてくれました。だから、どこからでも這い上がり、人生をやり直すことはできるし、新しい成長を常にしてゆけると、私は思います。
この世的に立場や金銭や、いわゆるこの世的な成功というものを価値があると思い過ぎると、この世は持つものと持たざる者に色分けされます。そしてごく一部の成功者と、数多くの敗者に別れると思います。 しかし、成長という基準で考えると、あらゆる人が成長できます。何かを得ても、何かを失っても、常にそれは新しい成長の機会となり得ます。
成長するときに、私たちは魂の喜びを得ることができます。それは魂の幸福感として感じ取れるものです。 逆に、停滞は不幸感覚をもたらします。心が成長をやめ、滞り、停滞して後退すると、私たちの目の輝きは消え、頭に蜘蛛の巣が張ったようになり、どんよりとした精神状態になります。心の喜びが消えるので、肉体的な快楽でそれを補おうとしますが、空しさが膨らんでいき、やがて空虚さに耐えられなくなります。
成長する方向にこそ、道があります。 ということは、どんな挫折や喪失であっても、そこから成長する方向を見出し、その経験や環境を成長する糧にしようとし、自分の魂がより成長する方向を人生の選択肢通して選ぶことが、道を切り開くものとなると思います。 それには勇気も必要ですが、成長へと舵を取るならば、道は開けます。
私はリストラに会う前に、そこでの仕事ではこれ以上に成長がなく、過去…