罪悪感について考えてみたいと思います。 自分が誰かを傷つけたと思ったとき、私たちは罪悪感を感じます。 犯してはいけない何らかの戒律を持っていると、それに反した時、罪悪感を感じます。 子育て中のお母さんであれば、子供を叱りすぎて、あとでひどく落ち込み、深い罪悪感を感じる人は少なくありません。 私は人間に与えられている感情は、どんな感情であれ、生きていく上で必要な機能を持っているものだと思います。 罪悪感も、行き過ぎた行動に対するブレーキの役目を果たしていると思います。 その限りでは、罪悪感の役割は大切であり、このブレーキがないと人は犯罪や社会ルールを犯して平気になってしまい、ついには社会的な生活が成り立たなくなると思います。 しかし、罪悪感をずっと持ち続け自分を罰し続けるという心理は、やはり克服すべきだと思います。 「自分は今、ブレーキを踏むべきだ」ということを教える一種の サイン としての罪悪感は受け入れますが、罪悪感で自分を責めさいなむ心理状態に陥ることは、問題です。 これは勇気をもって乗り越えるべきであると思います。 なぜなら、罪悪感は自己否定へとつながっていくからです。 罪を犯した悪い私、誰かを傷つけた悪い自分、子どもを叱りすぎる悪い親、そういう自己否定は、ネガティブな自己像を固定化させ、健全な心の成長を損なうからです。 罪悪感に伴う自己否定は、本当の問題を理解することの妨げにもなります。 何が本当の問題なのかは、じっくり心を見つめないとわかりません。 例えば子供を叱りすぎた母親の場合、自分が幼少期に親から叱られて恐ろしかった記憶が心の傷となっており、その恐怖心が怒りに加わって制御できないような激しい怒りになっていることがあります。この場合、過去の恐怖心に憑りつかれた状態が終わると、どっと落ち込み、自分をは駄目な親だと自責の念にかられます。 この怒りのからくりは「感情を調べる⑤・・・恐怖心と怒り」に取り上げました。 http://tanemura2013.blogspot.jp/2017/06/blo...
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