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オリーブオイルで血糖値が改善したようだ



——どうやら私の体は地中海寄りだったらしい

8月はお盆で実家に帰ることもあり、食生活はどうしてもお祭りモードになります。 揚げ物、炭水化物、そして親の「もっと食べなさい」攻撃。 これらを華麗にかわす自信がなかったので、今回は血糖値センサーを2週間つけて、体の声をしっかり聞くことにしました。

すると、思いがけない結果が出たのです。

数字が語る「地味にすごい」改善

まず、血糖値の平均値は

  • 30日:125 mg/dL
  • 90日:127 mg/dL

じわりと下がっています。 血糖値は派手に改善することは少ないので、このじわりはとても大事。

さらに今回の推定ヘモグロビンA1c6.1 2か月前は 6.3だったので、0.2ポイント改善です。

ある日の午前中には 6.0を記録した瞬間もあり、思わず「おおっ」と声が出ました。 (誰もいない部屋でひとりガッツポーズ)

目標範囲内の時間は 98。 前回は95%ほどだったので、ここも着実に改善しています。

■ 200を超えない日々——これは事件だ

今回もっとも驚いたのは、血糖値が一度も200を超えなかったことです。

以前は

  • 週の3分の1200超え
  • 1回は250近くまで上昇 という、なかなかスリリングな展開でした。

しかも250付近まで上がると、そこから急降下する血糖値ジェットコースターが名物でした。

しかし今回は違います。

190台に達すると、すぐに下降。 そして 200を超えない。

これは、血糖値の上昇カーブそのものが変わった証拠です。

変えたことはただ一つ:オリーブオイルを増やした

前回から今回までの間に変えたことは、実はこれだけ。

オリーブオイルの量を増やした。

もともとサラダには使っていましたが、テレビの健康番組を見て、 「ごはんにもかけていいのか」 「総菜にもかけていいのか」 と知り、試してみることに。

1食あたり 大さじ1ほどを

  • サラダ
  • ごはん
  • その他の副菜 に分けて使っています。

運動量は特に増やしていません。 それでも血糖値の上限が下がり、200を超えなくなったのです。

科学的に考えると、こういうことらしい

  • 脂質が胃から腸への移動をゆるやかにする(胃排出遅延)炭水化物が一気に吸収されず、血糖値の急上昇を防ぐ。
  • 小腸での糖吸収速度を調整する(グルコース吸収の緩和)血液中に流れ込む糖の量がなだらかになる。
  • インスリン感受性を改善する可能性(オレイン酸の作用)血糖値の処理がスムーズになる。

つまりオリーブオイルは、 「食後血糖値の交通整理係」 のような存在です。

つまり、オリーブオイルは食後血糖値の交通整理係のようなもの。 炭水化物が一気に血液に流れ込むのを防ぎ、 「ちょっと待って、順番にね」 と落ち着かせてくれるわけです。

今回の測定結果は、まさにその効果を自分の体で確認できたように思います。

まとめ:私の体は地中海式に向いていた

今回の改善は、運動量が増えたわけでも、食事制限をしたわけでもありません。 ただ、オリーブオイルを少し増やしただけ。

それで血糖値の上昇カーブが変わり、A1cも改善した。

どうやら私の体は、 「地中海式の食事、好きです」 と密かに主張していたようです。

もちろん、健康法は人によって合う・合わないがあります。 気になる方は医療専門家に相談しつつ、少しずつ試してみるのが良いと思います。

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