スキップしてメイン コンテンツに移動

(受講体験談)メール・カウンセリングを受けて



<コメント>メール・カウンセリングを約8カ月受けて、社会復帰を果たされたMさんがいます。トラウマになるような厳しい心的外傷を受けて、深刻な不安障害を抱えていた女性でした。詳しいことは書けませんが、そのMさんが種村トランスパーソナル研究所のメール・カウンセリングを受けた体験談を寄せてくださいました。


(投稿・体験談)



 1.潜在意識との対話をして



最初の頃には,正直,信じてはいなかった。潜在意識が存在することは信じているけれども,自分から対話するなんて,頭がおかしいのではないかと思いました。


 でも自分を変えたい一心で,何でもやると思いながら,先生の指導を受けながら半信半疑の気持ちで,試してみました。


 全ての悩みや苦しみは,時間が経つと自然に消えてゆくと信じていたのですが,

書いているうちに,怒りや悲しみなどいろんな感情が湧き上がって来たのです。過去のことはもう忘れていたと思いましたが,こんなに心の中に残っているとは,少し驚きました。


  「書いて吐き出せば楽になるから」と先生に言われても,心から信じてはいなかった。


ただただ,ひたすら先生が言った通りに従って書くことにしました。


 親に,元彼に,前夫に今まで言えなかったことや謝りたかったことなど,その

相手の潜在意識と対話することで,全ての感情を吐き出しました。


 今まで気になる全ての人に,そういう作業することで,潜在意識の奥に溜まっていたストレスを解消することができました


最初は気づかなかったけれども,しばらく経つと,心が以前より軽くなり,苦しみも多少減りました。



その時,それは書いて吐き出した効果だと認めたくなかった。


偶然だと思いました。

2.違う視野から自分を見つめる

でも,書いているうちに,いろんなことに気づかされて,自分の考え方や心の癖など


 そうすることで,自分を見つめるチャンスを与えてくれて,今までと違う視野から自分を見ることができたんです。


そして,もう一度自分を見直そうと思いました。


 人に知られたくないことを書くなんて,最初は多少抵抗があって,書くには勇気が要りました。

 今振り返って見ると,やっぱり書いて良かったと思います。


最初は効果が感じられないかもしれませんが,後になって,不思議に,今まで気にしていた事が消えたんです。


 また書くことで,自分の気持ちだけではなく、気にしている相手の気持ちも理解出来て,許すことも出来るようになるのです。

自分が書いたことは相手に通じていたかは分かりませんが,

一番言えることは,

自分自身が書く事によって,心が安らぎを得ることができました。


前向きにもなれました。



そして,書くことによって,自分自身が抱えた問題を見つけて,たくさん気づく事が出来ました。

3.偉大な力が潜んでいた

もう一つ感じたことは

潜在意識と対話することで,私達の中に

偉大な力が潜んでいることが発見出来たんです。


私達は一人一人が生かされて,導かれていることを体験することができました。


そうすると,寂しい気持ちは以前より軽くなって,恐怖も減ったのです。

メール・カウンセリングをきっかけに,

自分を変える事が出来ました。


そして,自分を信じることができました

,私自身の成長と共に,書くことがなくなり,

少しずつ回復に向かって頑張っています。

ここまで来られたのはメール・カウンセリングのお陰だと思います。


書いて吐き出すという方法は大きな役目を果たしていると思います。
 
これからもそれを活かしたいと思います。
(<種村カウンセリングルームの連絡先>

090-8051-8198


住所:千葉県我孫子市白山1-7-7 白山シャトー202

各種ご相談方法はこちらをご覧ください
http://tanemura2013.blogspot.jp/2014/11/blog-post_6.html

コメント

このブログの人気の投稿

自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…

価値観の偏りの修正

私が自分を振り返ったとき、一つの価値観の偏りがあると思いました。 私には「頭で考えすぎる」癖がありました。 それと並行して心を軽視して、さらに行動を軽視していたのです。
頭で考えることと、心がとらえていることに気づくのは大きく違います。 自分の丹田がどうとらえているかを把握することが、本当の意味で心でとらえるということです。それは思考ではなく直感の働きです。
心の働きを強めるには、相手の立場や、さらに上位の方の立場で思いを巡らせるということが必要になります。 後者でいうと日本の場合には、神道の神の立場でどう考えるかという見方があります。
その立場からみれば、この世の成功に目が向きすぎて心の成長に真剣ではないなら、どれほど熱心に仕事をしていても、怠けだと見えると思います。
心の成長に真剣であるとは、一つにはこういうことです。
神様に、あるいは自分の心に問いかける質問として、「成功するにはどうしたらいいか」と問うのでは、心不在です。 「もう一段バージョンアップしたいができないのでどうしたらいいでしょうか」と問い掛けるとしたら、これは心の成長を含めた問いかけになります。
神社で導きをお願いするときには、さらに注意することがあるように感じます。 神道の神様は私たちの覚悟を問われるということです。
ここでは「神様は」、という言い方をしましたが、本当に成長しようとして導きを求めるのなら、どなたであれ覚悟を見られると思います。その覚悟に応じて指導をいただけると思います。その相手が神様なら、より真剣なものが求められると思います。
覚悟は何処で見るのでしょうか。それは行動です。導きを受けた時、それを本気で実行しているか、いい加減にしているかで、覚悟がわかります。行動しない自分に、それ以上の導きは来ないと覚悟するべきだと思います。
この機微を分かりやすく伝えてくれるのが、わらしべ長者の昔話です。わらしべ長者は観音様に祈ったところ、観音様は「最初に手にしたものを大切にせよ」と、声なき声で心に伝えてこられました。それを素直に信じて最初に手にした一本のわらしべでした。これを大切にすることで運命が開けたというのがこのお話です。
さて、私はこう気付いてから、頭で考えて知恵を得ることが尊いという価値観には距離を置き、行動して自分を変えていく努力こそ尊いという価値観に変えようとしてきました。そして、加えて丹田の意思をしっかり感じ…