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丹田を動かすために②・・・見抜く



私はこんな経験があります。
生鮮食料品を販売していたときです。
隣接の総菜売り場の若い先輩がアドバイスしてくれました。
「今日は厳しいようだね。午後7時には半額にしたほうがいいよ。」
私は7時半には値下げしたほうがいいと判断していましたが、豊富な先輩の言葉なので、そうかもしれないと思いました。
そこで店長に7時には値下げしたいと提案しました。
店長はきっとなった感じで鋭い視線を投げかけ云いました。
「状況を見て、こちらで判断して行う。」
私は午後7時までの勤務だったので、よろしくお願いしますと言って引き下がりました。
私は店長の言葉を伝えました。
その先輩はいいました。
「あの人はそういうだろうね。副店長ならきっとこちらの言うとおりにさせてくれたはずだけどね。」

その頃から、頭に鋭い痛みを感じ出しました。
自宅に帰ってからも、頭痛は続いていました。
「どうして頭が痛いのだろう、何が原因でそうなったのだろう」
と丹田に問いかけました。
しばらく考えていると、次のような思いが湧いてきました。
「若い先輩の思いに私は飲み込まれていたのではないか。私は値下げは7時半だと考えていたのに、先輩の言葉で7時値下げを提案しに行った。もともとの私の判断とは違う思いに動かされたのは、この時点で先輩の思いに飲み込まれてしまっていたからだろう。先輩は店長に対して少し批判的な思いがあるのだろう。自分ももっと早く値下げして売り切りたいのに、店長から時間を遅らせと言われて面白くない気持ちを持っていたのかもしれない。だとしたら、いままでにないきつい目を店長が向けたのは、そこに先輩の念を店長が感じて、それに反応した部分もあるのではないか。私は両者の確執のはざまに落ち込んで、両者の念を受けたのだろう。先輩の念に飲み込まれた私にも責任がある。」
そう自己分析した後に、私に憑いている先輩のエネルギーと店長のエネルギーに対して、「お引き取りください」と心の中で言いました。
すると頭痛は消えました。

これは他人のエネルギーに飲み込まれて影響を受けたことで頭痛が起きたと気づき、その原因を反省して憑いている他人のエネルギーを取り除いた経験です。

頭が痛み出した時点で、丹田は動きにくくなり、失速していたと思います。でも頭痛の原因に気づいて反省し、他人のエネルギーにもお引き取りいただくように念じたことで、丹田は動きを回復したはずです。その証拠が頭痛の解消です。

こうしてみると実に日常のごくふれたできごとで私たちの丹田は動かなくなり得るということがわかります。
まずはそれに気付き、そして原因を見抜くことが何よりも大切です。

種村修(心理カウンセラー・種村トランスパーソナル研究所所長)
<連絡先>
電話 090-8051-8198(午前9時~午前1130分の間)

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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…