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成長を願う思いは実現する

私は不思議だなと感じる体験があります。
自分の心の成長を心の底から願っていた時、それにぴったりの環境が与えられるという経験をしたのです。



40代のころのことです。中年の危機の真っただ中でした。
私は二つの心の成長につながる願いを持っていました。

一つは、責任感のある人間になること。
私には子供がいなかったこともあり、ここ一番のところで責任感が希薄になる瞬間があると感じることがあり、それを変えたいと思いました。

二つ目は財務の目を持つこと。財務や資金繰りはしたことがなく、すごく劣等感がありました。経営の視点を持つために、その方面で磨きたいと思っていました。
しかし、簿記3級をやっと取ったばかりの人間に、そんな機会があるとは考えられませんでした。

ところが心の成長に関わる願いはかなうものだと、しみじみと感じる出来事が起きました。
不良債権を多く抱え、取引銀行が退いていく中で、いつ倒産してもおかしくないような状況下でかろうじて持ちこたえていた企業から、財務の責任者の誘いがあったのです。
なぜ素人の私に財部部門を任されたかというと、銀行から来ていた財部部長が、見切りをつけてやめてしまったからです。他になり手がなく、個人的な信頼関係だけで社長が私をそのポストに据えたのです。

私も仕事を求めて苦闘してた時であり、飛び込みました。
資金繰りがメインの仕事であったので、銀行交渉のため、休みが取れない緊迫した仕事でした。病欠も許されなかったので、私は病気にならないと決めました。すると風邪をひかなくなりました。
朝は早朝に出てよりは遅くまで仕事をしました。陽の昇る前にタクシーで会社に来て、タクシー代は自腹という日もありました。会社の実情を知っているので、経費を請求するにもなれませんでした。



資金繰りが厳しく、もうだめかと毎月思いました。
荒海に出って漁をする漁師が、船の床板の一枚下は地獄と感じていたといいますが、その感覚がひしひしと分かった気がしました。
それでも責任を投げだせません。多くの人が生活の基盤を失うからです。
この経験で、私は自分が欠如しているた責任感を、いやおうなく鍛えられました。
覚悟を鍛えられたと思います。

結果的には、優秀な専門家や部下の方の力を借りながらも、3年間で奇跡的な財務再建の経験をしました。何度もここまでかという経験をしながら、そのつど潜り抜ける経験のなかで、私を信頼してくださるかたが会社の外にも内にも増えてくるという経験もしました。

自分の心を成長させるために必要な環境、人生の舞台は与えられるものだと、しみじみと感じました。

成長を願う祈りは聞かれる。
心が成長するのに最も必要な環境、舞台が与えられる。

お金とかではなく、自分の成長を願う道を強く願い求めるなら、自分の成長にもっともふさわしい環境は与えられる。
そう信じていいと思います。




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