スキップしてメイン コンテンツに移動

丹田が止まるとき



丹田というのは現代の私たちには分かりにくいものですが、心を統御する実践にはおいてはとても大切かつ有効なものです。

丹田呼吸法という呼吸法がありますが、これは下腹部を動かして行う呼吸法のことです。丹田呼吸をすると心身のエネルギーが増進するとともに、心が平安になり、自分を見つめるのにふさわしい状態になります。

おへその下数センチのところに丹田があると言われています。ここには人間のエネルギーの中枢があると考えられています。人間にはこのほかに心臓のあたりにある中枢(中丹ともいいます)と、額の真ん中にある中枢(上丹といいます)3つがあると言われています。そのうち一番中心になるのは下腹部にある丹田(下丹ですが通常「丹田」という場合はここをさします)です。

実際に丹田を動かしつつ、同時に思考を鎮める努力をしていると、本質を見抜く直感が働きやすくなることに気づきます。直感が働くということは、深層潜在意識の働きが活発になり、さらに奥にある自分の根源部分までもが活性化することだと考えてよいと思います。

声楽家が肚から声を出す時には丹田を動かしています。弓道で的確に的を射る時も丹田を使っています。おそらくアスリートで傑出した成果を出す方は、無意識にでも丹田を動かしているのではないでしょうか。

わかりやすい例は、人がお腹を抱えて笑う時です。この時は丹田が動いています。笑っている人は朗らかで全身が開放されて、おおらかになり生き生きとしてきます。自然治癒力も活発に働くと言われています。これは丹田が動くとき、その人にとってのエネルギーレベルが非常に高い状態になっているからではないでしょうか。

さて、そうした重要な丹田ですが、丹田が動かなくなることがしばしばあるのです。

丹田が動かなくなる代表的なケースを3つ挙げてみます。

一つ目は、他人の念の影響を受けているのに気が付かないでいる場合です。これはのりうつりの影響を受けている時でもあります。この場合は、のりうつりの影響を受け始めてからじんわりと丹田の動きが止まっていくようです。

二つ目は、恐怖心が湧いた時です。恐怖心が湧くと、ぴたっと丹田の動きは止まります。

三つめが逃避です。これは現実の苦難や問題から目をそらせて逃げている状態です。多くの場合、逃避では自分を小さく矮小化して見ており、自己否定の心理がその奥にあります。

うつの時はこの全部が当てはまります。うつの人を見るとわかるように、丹田が止まると活動できなくなります。自室にひきこもり固まっていることが少なくありません。

長年にわたって丹田が止まっていると痴呆状態に陥る危険性があるといわれています。

丹田が止まった状態とは、自分らしさがなくなっている状態です。エネルギーが枯渇して行動が不活発になります。
丹田が動いていなくても、肉体が活発に行動していることもあります。でもその時は、本当の自分が顔を出せなくなって空回りしていると言えます。

つまり一般的に丹田が止まった状態とは、自分が本来のエネルギーの源泉から叡智や活力の源を汲み出せない状態で、自分らしさが損なわれている状態と言えそうです。

「丹田を動かす」というのは私たちには耳慣れない言葉ですが、実践的に本来の自分を取り戻し、個性を生き生きと発揮するうえでは大変重要なことなのです。これからも折に触れてそれについて取り上げていきたいと思います。

種村修(心理カウンセラー・種村トランスパーソナル研究所所長)
<連絡先>
電話 090-8051-8198



コメント

このブログの人気の投稿

自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…