スキップしてメイン コンテンツに移動

成長にならないことは起きない


 成長にならないことは起きない。
すべては成長になる。

こういう観点で人生を見ていくと、成功失敗、敗者勝者という枠を超えて、常に自分を成長させる生き方を選べることに気がつきます。
私は40代の時、リストラとそれに伴う激しいうつ状態を経験しました。あまりに自殺衝動が激しいので、大きな病院の精神科医に相談したことも、一度だけありました。
当時は仕事や友人、価値観、それらすべての喪失がうつの引き金となり、自分は人生の敗北者であると思いこみ、自己の全否定をしていました。あの時にあれだけ激しかった自殺への衝動に、よく耐えれたものだと思いました。

そうした経験でも、あの時に生活基盤を失ったから新しい自分をつくることができたと、今は思います。同じ職場にいたら、私の成長は止まり、心は停滞・後退に入っていたとことは疑いないと、そう確信しています。
そして人生の底を打って、そこからはいあがった経験が、自分の強さ、しなやかさを確信させてくれました。だから、どこからでも這い上がり、人生をやり直すことはできるし、新しい成長を常にしてゆけると、私は思います。

この世的に立場や金銭や、いわゆるこの世的な成功というものを価値があると思い過ぎると、この世は持つものと持たざる者に色分けされます。そしてごく一部の成功者と、数多くの敗者に別れると思います。
しかし、成長という基準で考えると、あらゆる人が成長できます。何かを得ても、何かを失っても、常にそれは新しい成長の機会となり得ます

成長するときに、私たちは魂の喜びを得ることができます。それは魂の幸福感として感じ取れるものです。
逆に、停滞は不幸感覚をもたらします。心が成長をやめ、滞り、停滞して後退すると、私たちの目の輝きは消え、頭に蜘蛛の巣が張ったようになり、どんよりとした精神状態になります。心の喜びが消えるので、肉体的な快楽でそれを補おうとしますが、空しさが膨らんでいき、やがて空虚さに耐えられなくなります。

成長する方向にこそ、道があります。
ということは、どんな挫折や喪失であっても、そこから成長する方向を見出し、その経験や環境を成長する糧にしようとし、自分の魂がより成長する方向を人生の選択肢通して選ぶことが、道を切り開くものとなると思います。
それには勇気も必要ですが、成長へと舵を取るならば、道は開けます。

私はリストラに会う前に、そこでの仕事ではこれ以上に成長がなく、過去と同じことの繰り返しだと感じていて、魅力を感じなかった自分がいたことを思い出します。過去と同じだし、過去世とも同じだという思いが湧いて、そこには成長がないと、なぜかそういう思いがよぎっていたのです。
その後、色々なことが起き、職を失い、不況のさなかに放り出されました。嵐の中の暗闇の海に、船から掘り出されたような感じでした。よく生きていられたと、そう思います。

もがきながら、おぼれつつも泳ぐすべを覚えながら、私が経験したのは、新しい経験のなかで魂の成長をもたらすような方向に努力した時は、自分が大きく成長できるし、心の喜びと自己信頼を得ることができるということでした。
今まで経験がない世界に入ることは、ものすごく怖いことだし、リスクもあるのですが、どんな状態であっても今日一日、今日一日を生きていけたし、そこから成長の道が確かにあったのです。

成長にならぬことは起きない。すべては成長につながる。

これは本当にその通りだと思うのです。
もし失敗が成長を妨げることがあるとしたら、失敗したことで自分を卑屈にした時です。自分を卑屈にすると、固まってしまいます。
失敗から学べば成長が始まると捉えると、本当に成長します。固まらずに変化し続けるのです。
矢張り受け止め方こそが、鍵を握ると思います。成長にならないことは起きない、そういう信念をもって人生に臨むと、どんな逆境でも受け止め方が変わります。

<ご案内>
種村トランスパーソナル研究所では電話カウンセリングやメールによるカウンセリングを行っています。相談してみたいと思われるかたは、遠慮なくご連絡ください。
090-8051-8198 (メール)tanemura1956@gmail.com



コメント

このブログの人気の投稿

境界性パーソナリティ障害1…愛情飢餓の苦しみを抱えて

1.決して珍しくない症状



境界性パーソナリティ障害は、最近増えつつあるのですが、対人関係が難しいという特徴があるので、大変厄介です。 リストカットを繰り返したり、自殺の企てを何度もしたり、摂食障害で拒食症や過食症に悩んだり、家庭内での親への暴力、援助交際などの性的逸脱などなど、こうした激しい行動の背景には、往々にして境界性パーソナリティ障害が潜んでいます。これに薬物への依存が加わることもあります。
そのために境界性パーソナリティ障害では、本人の苦しみが激しいだけでなく、家族やその周囲の人が振り回されてへとへとになっていくことが少なくありません。


特に境界性パーソナリティ障害への対応で難しいのは、通常の場合、その人を熱心に支えようとすればするほど、症状が悪化していくことです。親身に支えてくれる人に対して、どんどん要求をエスカレートさせたり、攻撃的で衝動的になったり、自殺の企てを繰り返すことも少なくありません。そのために親身になって支援しようとした人自身が傷つくことも多いのです。
アメリカではこの障害を持つ人は全人口の2パーセントもあり、さらに精神科外来患者の11%、入院患者では19%が境界性パーソナリティ障害の要素を持っていると言います。日本もそれに近づいてきているといわれています。



青年期に発症することが多いので、若い人の間では境界性パーソナリティ障害を持つ人は、大幅に割合が増えることになります。なかでも女性に多くみられ、80%をしめます。男性も20%を占めていて、性差がなくなっている現在では、男性が発症するケースも増える傾向があるようです。

2.見捨てられ不安と愛情飢餓

境界性パーソナリティ障害を持つ人は感情がとても不安定です。

たとえば、片時も離れたくないほどの恋人だったはずなのに、突然鬼のような怖い顔になり怒りまくる。たんなるお友達のはずなのに、夜中まで突き合せておきながら、翌日はがらっと態度が変わり激しく罵倒する、などなど・・・。

こうした極端に不安定な気持ちや言動の元にあるのは「相手に見捨てられるかもしれない」という不安です。しかも、その「不安」は、本人が思いこんでいるだけで、相手にしてみれば全く心当たりがない場合がほとんどです。そのため何を怒っているのか、見当がつきません。

境界性パーソナリティ障害の人は、大変深刻な「見捨てられ不安」をもっているのです。そのために、ささいな…

境界性パーソナリティ障害7…特徴(4)怒りのブレーキが効かない

①感情がコントロールできない

境界性パーソナリティ障害の人も私たちも、もっている感情に違いはありません。ただ違うのは、私たちより「物事を強烈に感じ、より激しい形で反応し、自分自身の感情や行動をうまくコントロールできない」ということです。
境界性パーソナリティ障害の人の怒りは激しく、予測不可能で、筋道を立てて話をしても抑えることができません。大雨の後の鉄砲水や地震や、晴れた日の雷のようなものです。現れるのと同じように、消えるのも突然です。

もう聞いているしかないほど怒りの激流となるので、相手をする人は疲れ果てて行きます。仕方がないから感情をなだめるために、境界性パーソナリティ障害の人の言うままになってコントロールされている家族があります。これは非常に多くあるケースです。この場合、家族の心の中には、出すことのできない怒りが蓄積されていくので、家庭の中の空気が非常に冷たくとげとげしいものとなりがちです。 もっとも、境界性パーソナリティ障害の人の中には、自分の怒りを全く表現することができないという正反対の問題を抱えている人もいます。怒りがないのではなく、「少しでも怒りを表したらコントロールを失ってしまうとか、わずかな怒りでもそれを向けた相手が仕返しをするのではないかという恐怖心を抱いている」からです。怒りのブレーキが壊れているという感覚では共通しています。

通常このタイプの人は、怒りだけでなく、あらゆる感情が激しくて、それを抑えるブレーキが壊れているように感じています。それは彼らが痛みに対して、非常に過敏な心を持っているからです。ある専門家はこれを、全身の9割に重度の熱傷(やけど)を受けているような状態だといいます。「感情という皮膚がなく、わずかに触れたり、動いたりするだけでも、彼らは苦痛に悶えるのです」。ですから制御できなくて激しい反応が起きてしまうのです。
この敏感さは、境界性パーソナリティ障害の人が、潜在意識と同通しやすいこととも密接にかかわっています。鈍感な人であれば感じないので平気なことでも、潜在意識と同通して敏感な人にとっては、拷問なような苦しみを感じることがあるのです。心がむき出しになっていて、小さな刺激にも過敏に反応するのです。このタイプの人が、激しい猫舌であることも、しばしば見かけます。感覚も過敏であることが少なくないように思います。

②怒りの奥にある生き残り戦略…

境界性パーソナリティ障害5…特徴(2)対人関係の不安定さ

①理想化とこき下ろし

境界性パーソナリティ障害の二番目の特徴は、人間関係が不安定で変動が激しいことです。
「理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人関係」というパターンがあるのです。


「理想化」というのは、「最高だ!」「こんな人に出遭えたのは初めて!」と感じて、相手を理想の人だと思いこむことです。


境界性パーソナリティ障害を持つ人は、自分を支えてくれ、愛情飢餓を癒してくれる人を常に求めています。ですから、これはという人物に巡りあえると、急速に相手に対する期待が高まります。そして「この人こそ、自分が求めていた人だ!」その思いが膨らむと、極度に理想化したり、万能な存在であるように思いこみやすいのです。

このタイプの人は、心の深いところで母親や父親の代理を相手に求めています。ですからその欲求を満たしてくれる人に出会うと、どんどん依存を深めていきます。

さらに境界性パーソナリティ障害をもつこのタイプの人は往々にして恋愛感情に入っていきやすいので、理想の相手に見えて恋心に火がつくことも少なくありません。しかし、これはこの人の中にある理想の父親もしくは母親の投影として、理想の恋人に見えているのであって、本当の恋心とはいえません。


もし恋人関係になったとしても、この関係は長続きしません。どこかで相手が支えきれなくなるからです。相手がその人のもつ過大な期待にしり込みしたり、あるいはもう飽き飽きしたという態度を取ると、境界性パーソナリティ障害の人は「見捨てられるのではないかという不安」に捉われます。
そこで必死にしがみつこうとしたり、相手の気を引く行動をとります。

それでもさらに相手が引くそぶりを見せると、激しい失望を感じて、「裏切られた!」と怒りを感じます。そうすると、今度は相手が攻撃の対象になりかねません。


些細なきっかけで、その人の何らかの要求が満たされないと、評価が180度逆転して、罵詈雑言を浴びせることもありがちです。そして「最低!」「信じて損した」「私の時間を返してよ」という具合に、激しい言葉を浴びせるのです。言葉だけでなく、行為で迷惑をかけることもあり、相手は翻弄されていくことになります。
②アンビバレント(両価的)な感情
このタイプの人を理解する鍵は、「アンビバレント(両価的)」な感情にあります。