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思いの根っこに気づき話せば執着が取れる



「話す」ことは「放す」ことにつながると、前回述べました。(話すことの効果)

しかし、これには条件があります。

自分が秘めて隠していたことを話すことは、確かに大変な必要です。
誰にも言えなかったことを話しただけで、重荷が下せるのは確かです。
そして自分を縛っていたエネルギーから、ある程度解放されるのも事実です。

しかし、一番大事なことは、同じことを二度としない自分に変わることです。

そのためには、

なぜそれを自分がしたのか、

その奥にある思いは何だったのか。

それを発見して話すことです。

ここまで掘り下げないと、それをした自分の思いの根っこが残ってしまうので、何度でも同じことを繰り返す恐れがあります。

根っ子にある思いは、自分でも気がついていないことが多いです。

しかし、じっくりと思い返し、正直に話していくと必ず出てきます。

そこまで掘り下げて自分と向き合い、それを正直に話すなら、

暗いエネルギーを自分から切り離すことができます。

この時に自分がつかんでいた暗いエネルギーを、本当に放せるのです。

これが執着を手放すことです。

その時、今まで自分を突き動かしてきた暗い衝動が消えていることに気づきます。

それは本当に楽な状態です。

それこそが素(す)の自分だったのです。

その喜びを手にできるからこそ、自分を見つめるというつらい作業は、大きな価値があるのです。

(提供)種村トランスパーソナル研究所

連絡先(メールアドレス):tanemura1956@gmail.com

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