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トラウマを癒す(2)



解放(吐き出し)

 解凍された体験は、恐怖、不安、怒り、恥辱、無力感など、さまざまなネガティブな感情をよみがえらせます。感情を伴った強烈なイメージが湧いてくることもあります。フラッシュバックと言われるものです。それがあまりにも圧倒的なものだったので、自我を守るために凍りつかせて潜在意識に抑圧・封印しておいたのです。それを解凍して再体験するのですから、心で味わうだけでは自我が守れなくなる恐れがあり、再び凍りつかせてしまうかもしれません。そこで外に向かって解き放つ必要が出てきます。それは封じ込められていたさまざまな感情、感覚、イメージを外に表現して、解き放つことです。これが「解放」の段階です。これは潜在意識の中にあるマイナスのエネルギーを、外に吐き出すことを意味します。解放のための表現は、言葉や絵や体の動きなど、どんな表現でも構いません。こうすることで、次第に心はその事実を受け入れることが可能になってきます。

再統合

 解凍という名の再体験と、解放という名の吐き出しの次に必要なのが、3つ目の「再統合」です。再統合とは、トラウマとなった体験を意識の中に取戻し、それを自己の中に再度組み込んで構造化しなおすことをいいます。トラウマとなった体験は、非常に苦痛であると同時に、ある意味では自分にとって重要な意味を持つ体験です。それがトラウマであり続ける限り、その重要な体験を排除した形で自分というものが存在することになります。従って、トラウマが解凍され、意識に戻ってきた段階で、その体験を自分の中に再統合しなければならないのです。再統合とは、「トラウマとなった出来事を自分の歴史の適切な部分に位置づけようとすること」、言い替えると「トラウマとなった体験を自分の過去の物語とすること」です。この段階で、トラウマとなった体験が自己受容でき、どんな意味がその体験にあったのかを振り返ることができると、そこから何を学ぶのかが見えてきます。


 最後に、本当の意味で自分を愛することができるには、どうしてもトラウマを癒すことが必要であると申し上げておきたいと思います。(種)
 
(トラウマに関する参考文献は久留一郎著『PTSD』駿河台出版社をお勧めします。)
 
 <連絡先>
種村トランスパーソナル研究所(心理カウンセラー種村修)
携帯:090-8051-8198
メール:
tanemura1956@gmail.com

 

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自己特別視と依存の心理

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プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
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ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
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