洗脳ということは宗教団体で多く見られることですが、大手のマスコミでも意図的なフェイクニュースで読者を洗脳しようとする傾向が顕著なので、広い意味で洗脳を受けている人は意外に多いのです。
洗脳を解除して自分の人生を取り戻すためには、そこが間違っていたと気づいて離れるだけでは十分とは言え得ません。宗教団体に入って洗脳されていたと気づき、脱会したとしても、それですべての問題が片付いたわけではないからです。
ある団体の信者になっていた人は、なぜそこに入ったのでしょうか。それが問題です。その根っこの部分が変わらないと、脱会しても心は信者の時のままです。
ある団体に共鳴して入ったということは、もともと持っていた欲がそこに入ることでより出やすい状態になっていたのです。自分の欲があぶりだされて自覚しやすい状態になっていたのです。いいかえると、自分の欲を自覚するための経験であったと言えます。
ですから、自分の持っている欲、そこに入ることでより顕著になった欲とは何か。それを見極めることが一番大事です。
次には、それは何処から来ているのか。用の発生原因を知ることです。
どこから来た欲化が自覚できると、変化が起きてきます。
それを見つめて気づきを得、心が変わることが、「心の脱会」のためには必要だと思います。
この時に大切なことは、ありのままの自分を見つめ、そういう自分があることを認めて受け入れることです。認めて受け入れないと、自分を変えることもできません。これは非常に勇気がいることです。潔さも必要です。
選民思想を植え付ける宗教は、往々にして伝道意欲が盛んで、入信することで自分は特別だという意識を植え付けます。
しかし、その団体に入ることで自分が特別な価値を持ったという意識は、その団体を離れると価値がはく奪されることを意味します。要するに自分の価値をその団体に依存するのです。
観方をかえると、その団体に帰属する以前の自分は価値がなかったという意識の裏返しです。自分の価値に自信がないので、その団体に入ることで知分に価値があると言い聞かせて、自分を欺いていたのではないでしょうか。そして人よりも上に立ったと思いこみ、上から目線で世間を見て、優越感に浸っていたのではないでしょうか。それは自分の個性の価値をみいだせていない劣等感の裏返しに過ぎません。
自分の価値は、もともと持っている個性にあり、その個性は根源的な存在につながっていると思うのです。個性を自覚し生かし、磨くことが心の喜びであり、自分の存在意味を実感することでもあると思います。
それはすべての人が等しく価値があるということを意味します。個性を輝かせている人は、自分の個性を磨き上げたゆえに輝き、尊敬されると思うのです。
もし自分が所属した団体が、自分の個性を自覚し磨くために役に立った面があるのであれば、その部分は素直に受け入れてよいと思います。しかし、自分の個性がゆがめられ、団体の価値観に染められていたならば、それは断固排除し、自分の価値をとり戻してほしいと思います。
種村修(種村トランスパーソナル研究所・心理カウンセラー)
電話 090-8051-8198(午前8時30分~11時)
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