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頭でっかち




私はかつて、頭で理解できればすぐにすぐに実践できると思っていました。
だから知識を重んじ、思考を重んじ、どれだけ知っているかが勝負だと思っていました。
これが今回のテーマの「頭でっかち」です。

しかし、今しみじみ感じていることは、自分で何度も繰り返し繰り返し体験して、その果てにやっとつかめるものが、本当に価値あるものだということです。

心でつかむ真実は、体験しないと、実は何もわかりません。
本当に身につくのは、繰り返し体験してやっとつかめたものです。

知識だけでわかったと思うのは錯覚で、それでは身につかないので簡単に忘れます。どれだけ頭で考えても実際の行動が伴いません。
「こうすれば幸福感が増える」と知識で知っても、それを実践して体験していない以上は、幸福感は感じとれません。
知識だけでは人間としての成長もありません。

このことが少しずつわかり始めると、まず実践し、体験し、繰り返していく中で、しっかりと感じ取ろうとし、そこで気づいたことを大切にしていくようになります。
こうするときに地に足の着いた成長が始まります。
それは実感できるものです。

頭で理解するときに使っているのは、首から上のエネルギーだけです。
しかし、体験して感じ取り気付くときは、全身のエネルギーを使っています。
頭だけ使うより全身を使うエネルギーの方が圧倒的に大きいです。
大きなエネルギーを使ってつかみ取ったものの方が、小さなエネルギーを使ってつかんだものより、より確かで深いのは当然だと思います。

種村修(種村トランスパーソナル研究所・心理カウンセラー)
電話 090-8051-8198(午前830分~11時)

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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…