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焦りについて



焦りが起きている時は、自分を見失っている時だと思います。
本来の自己からずれている。
焦っているのはそういう時だと思うのです。

焦っている自分を見つめてみると、その時にもっぱら忙しく動いているのは思考であることに気づきます。

未来を考えて追いつかずに遅れていることにネガティブになっている。
過去を考えて、こういう自分になった過去を悔やんで否定している。
人と比較して劣っている自分、遅れている自分を否定している。

全部思考の働きです。思考は未来に行ったり過去に戻ったり、他人とくらべたり、目標と現実とのギャップを考えたりと、忙しく動き回ります。
その頭脳の動きが、「いま、ここ」を感じなくさせていることに気づきます。

いま、ここにある自分が、いまここで何を感じ取っているのか。
焦っている状態だと、それに意識が向いていないこと気づきます。
ゆえに自分の心が、いまここで何を映し出しているのかに気づきません。
大事なことが観えなくなっているのです。
これが焦っている自分の姿です。

忙しくあちこち動き回る思考の働きをいったん中断し、いまここに集中して感じる訓練が私には必要だと、気づかされた次第です。
いまここに集中し、自分の心が何を映し出し、何を感じ取っているのか、それに注意を向ける努力こそが、焦りでずれた自分を元に戻すことではないでしょうか。

種村修
<連絡先>
電話 090-8051-8198

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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…