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境界線を引く



私たちはその日の自分の体調や心境やエネルギーの状態によって、どの程度のところまで境界線を伸ばせるか、もしくは境界線を狭めるかを決める必要があります。

エネルギーが乏しく体調が悪い時に、自分の境界を広げすぎると、非常に疲れます。そして相手からの影響、職場からの影響を受け過ぎて、心身のバランスを崩します。

そういうときにはのりうつりの影響も受けやすく、相手にも飲み込まれやすくなります。

さまざまな汚れを受けやすくなるのも、そういう時です。

私は以前、マンションの管理人として掃除の仕事をしている時に、目に見える汚れにはよく気が付くようになったのですが、目に見えない汚れに気づくことがなかなか難しかった経験があります。

何でもないところを掃除していて、突然足の関節が痛くなり、足を引きづりだしたことがありました。よくよく振り返ってみると、外からのエネルギーの影響であり、そのマンションの住民に膝関節の悪い人がいたと思われます。そのエネルギーを吸い込んでしまっていたようです。それに気づいたら、その痛みはとれました。

外からのエネルギーだと気づいたということは、自分と人のエネルギーの間に境界線を引いたことになります。内と外の境界線を引かないと、外のエネルギーと自分のエネルギーが一緒くたになり、外からの影響を受け続けます。しかし境界線を引くと、外からのエネルギーを分離できるので、影響を受けなくなります。

こういう経験から私も注意深く意識するようになりました。
まずその日の自分の体調を感じとり、自分の心境とエネルギーの状態を感じとります。そのうえで、自分の境界をどこまで拡大するか、縮小するかを決めます。
体調の悪い時は境界を小さめに設定する必要があります。決して無理せず自分をしっかり守り、ミスがない仕事をします。
体調がよく、エネルギーが満ちている時は、それを拡大することが可能です。そういう時は、人への影響を増やせます。

境界を意識するということは、人との間合いを考えながら仕事をするということです。自分の個性を常に輝かせて生きるためには、そうした工夫も必要であると思います。

心理カウンセラー 種村修
※メールや電話でのカウンセリングを行っています。
<連絡先>
電話 090-8051-8198

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