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自分を変える決意2



本気で自分を変えると決めると、次は自分自身の中での抵抗に直面します。
自分が決して見たくないし、認めたくない何かに向き合わねばならないし、それを受け入れ、告白しなければならないからです。

自分がしたことや、思ったことで秘密にしていることは、深く自分を恥じ自分を責め、自己否定している気持ちが伴っているものです。
それを思い出し、受け入れ、告白することは、あたかも処刑台にのぼるような気持ちが起きてくるものです。
要するに、激しい恐怖心と戦うことを意味するのです。

しかし、これだけは認めたくないし言えないと思っていたことを、これが自分だと認めて告白し、受け入れたときに、心が変わります。憑き物がとれたようになり、軽く明るくなるのです。

勇気をもって告白し、「こういう自分をも受け入れてもらえた」という経験は、自分自身を受け入れる自己受容を促します。その時に自己否定が剥がれ落ちるのです。これが大きな成長です。

自分への信頼、自分を生かしてくださっているすべてへの信頼が、そこでは芽生えてきます。(つづく)


種村トランスパーソナル研究所(心理カウンセラー種村修)
心や人生の問題のご相談をお受けしています。
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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…