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富の考え方を変える



私たちは富というと、すぐにお金のことを考える習慣がついています。
私もその考え方に染まっていました。

しかし、「冨」をお金に限らないで「豊かさ」ととらえると、私たちはさまざまな豊かさに囲まれていることに気づくことができます。

毎日1時間半も通勤していた仕事が変わり、自宅で数分のところで働いたことがあります。
この場合、往復3時間の時間が自由になりました。移動時間での疲労もなくなりました。時間と体力という形の豊かさ、つまり富が増えました。

新興宗教や政治団体にはいる人は、信仰や思想信条を共有するグループのなかでは強い関係を作りますが、それ以外の人とは疎遠になっていきがちです。閉じた人間関係の中にいるのです。
しかし、その団体をやめて自由になると、いままでの人間関係は失いますが、新しい出会いが生まれ、人間関係は開かれたものとなって広がり始めます。人間関係の豊かさが増えたのです。これも富の増大です。

うつ状態で自宅にひき籠っている時は、自分の悩み以外のものが目に入りません。
しかし、戸外を散歩して、樹木や草花に目を注ぐと、さまざまなつぼみが膨らんでいたり、季節の花が咲いています。落ち葉も秋だけかと思っていたら、春にも冬にも落ち葉があることに気がつきます。自然の恵みに気がつけるということは、豊かさが増したと同じことです。

家族や職場の人が示してくれるささやかな思いやりの行動に気がつくと、感謝の思いが行動や言葉となって出てきます。すると家庭や職場には暖かい空気が流れ出します。
さりげない善意をごく普通に続けていると、時に人が気づいて感謝の言葉をくださいます。気持ちがつながった喜びを味わいます。
これも豊かさの増大だと思います。

週に一度は、家中のガラスを拭きます。毎日、自分が決めた最低限の掃除を行います。その都度、リセットした気持ちになり、清明な空間で生活が始まります。
清潔な空間は、豊かさの一つだと思います。

お金にだけ富の基準を求めていた時は、少ない収入と減っていく蓄えにばかり気持ちが向かい、常に貧しい気持ちでいました。これは収入の大小に関係なくそうだったと思います。
しかし、富の考え方を変えると、さまざまな豊かさに目がいくようになり、豊かさに恵まれていることに感謝できるようになりました。さまざまな豊かさが増えいく喜びも味わいました。
自分が豊かだなとしみじみと感謝する心は、豊かさを引き寄せる心です。

お金は、心配し出すときりがないのですが、貧乏を描く心は貧乏を引き寄せています。
意識して富の考え方を変え、豊かさを引き寄せる心に切り替えたいですね。
これは自分を変える、大切なポイントだと思います。

種村トランスパーソナル研究所(心理カウンセラー 種村修)
(ご案内)
種村トランスパーソナル研究所では、メールと電話でのカウンセリングにより、自分を見つめ人生を変えたい人のサポートをしています。
メールアドレスtanemura1956@gmail.com
090-8051-8198

電話は、A.M.9001200の間にお受けしています。(ただし火曜日休み)

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よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
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彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…