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8月, 2016の投稿を表示しています

洗脳の後遺症を治癒するための夢分析

宗教による洗脳は、深い影響をその人に与えるために、脱会してからも後遺症の除去には時間がかかります。 往々にして夢は、後遺症の存在とその内容を示すサインとなります。従来所属していた宗教にまつわる夢の分析は、非常に重要です。
十数年前まである宗教の職員、いわゆる出家をしていた経験を持つOさんは、ある明け方、夢をみました。
「私は夢の中でその教団の職員をしていました。そこでは職員に対して次から次へと勉強を要請されており、職員たちは数学の勉強をしていました。公文のテキストにとり組んでいる人も何人かはいました。私は同じようにその勉強をしなければと思いながら、少し引いた立場にいたようです。職員時代に味わった、追い立てられるような気持ちがのこっている状態で目が覚めました。」
Oさんによると、この宗教は職員を競わせ、次々と勉強や新しい仕事にまつわる知識の習得を要求していました。それによって、職員を息をつかせない状態におき、常に周りと競わせ、その結果によって優劣をつけます。一つの分野で優れたものをもっても、別の分野、例えば数学(注:これは象徴的な表現です)という宗教とは一見関係が薄いものを学ばせて、競わせるので、職員は常にせかされて追い立てられているのです。 こういう競争状態に常に置かせることで、教祖は弟子が団結することを防止し、教祖の意のままに分断してコントロールしやすい状態においていた気がすると、Oさんは回想しています。
さて、知識の集積は、自分の心の内側を探究するのではなく、外へ外へと意識を向けさせます。本来の自己は何かという、最も本質的な内側への目を閉じさせて、外へ外へと意識を向けてゆきます。常にあたらしく有用な知識が蓄積されていかないと、不安に陥るようになっていきます。
長くこの状態に染まっていると、次第に超越的な存在の一部である価値ある自己を忘れていき、外から何かをつけ足さないと価値が減少してゆく、という自己感覚を、身につけるようになっていきます。
自分の存在自体に価値を見いだせないものは、自分を見失い、自己を喪失します。そして、上や外から与えられる評価つまり有能さや有用性の尺度で自分の価値を図るようになるため、非常にコントロールされやすくなります。
Oさんは、勉強が好きで知識を習得することが好きなタイプでしたが、そこには常に不安と焦りの気持ちが伴っていたといいます。その原因が、かつて身…

不安と無気力を考える

1.無気力の奥に不安が潜んでいることがある
私たちが無気力に陥っている時、それが不安から来ていることが少なくないように思います。この場合、無気力に対処するには、まず不安と向き合う必要があります。
私たちがよく経験する不安には、二種類あると思います。
一つは、自分は何か大切なものを失うのではないかという喪失への不安です。
これは、自分の信用やお金や社会的な立場や世間体、大切な人や家族、自分の健康や財産など、大切なものを失うのではないかという不安です。 喪失への不安が強まるときは、「失いたくない」という執着、つまり我欲が非常に強くなっています。我欲が強くなればなるほど、失うことへの不安も強くなります。 こうした場合、失うことを回避しようと必死になることもありますが、事態が自分の手に余ると思うと無気力に陥り、無為に沈みます。
もう一つは、漠然とした未来への不安で、対人関係や仕事や学業がうまくいかないのではないかという不安や、自分の老後の生活や子供の将来、あるいは親の介護などへの不安です。貧困になる不安もあります。 未来をとても暗く感じ、将来への不安がつのります。 未来への不安を感じると、将来への危機感から備えを努力することがありますが、危惧する事態に対応する自分に自信がないと、不安自体が膨らんで無気力になってゆきます。
いずれの場合でも、そうした危惧するような事態が来た時に、対処する自信がない、それを乗り越えてゆく自信がない、要するに自己信頼がない時に、人は無気力に堕してゆくのではないでしょうか。戦う前から気力が萎え、戦闘意欲を失ってしまうのです。
2.不安が実寸よりはるかに大きく見えていないか
要するに、自分の対処能力と不安を比較した時に、不安のほうがはるかに巨大に見えている時は、人は戦闘能力を失い無気力に陥ります。
こういう時は不安が実寸大に見えておらず、はるかに巨大に見えているのです。不安が巨大化して見えており、大きさを勘違いしている状態であるとも言えます。
ですから、その不安は本当はどの程度の大きさであり、自分には本当に対処能力がないのか、それとも普通の人でもある程度努力すればできるのか、それを冷静に見極めようとすることが大切だと思います。 冷静になって、人の経験も参考にしながら、具体的に不安の中味を検討してゆくと、不安が実寸大に捉えられるようになり、すると対処可能性が見えてくるし、今なすべ…

疲れと無気力とのりうつり

1.疲れがたまっている時
無気力で何も生産的なことができない時、実は疲れや睡眠不足がたまっていたという場合があります。
本当につかれている場合は、数日前からの睡眠時間と労働や運動を振り返るとわかります。この無気力が、休む必要があるという身体のサインなのかどうかの判断ができます。
休めというサインであれば、ためらわずに睡眠をとったり、休養するべきです。その時は、焦らずに身体の声に耳を傾けて、自分をいたわる時です。
2.のりうつりによるもの
しかし、肉体的な疲れがそれほど激しいはずがないのに、身体が重く疲れて何もできない無気力があります。これはのりうつりを受けている徴(しるし)であることが少なくありません。
よく観察すると、自分がストレスを発散させたくて、むやみに食べ過ぎたり、気を紛らわせたくてゲームやネットに入り込んだり、タバコやお酒や薬物に頼りたくなったり、性的な快感で気をまぎらわせたくなったり、イライラして怒りを爆発させたくなったり・・・。
要するに後で後悔するに決まっている行動をとりたくなっているはずです。 これがのりうつりを受けていることの徴(しるし)です。
こういう時は、のりうつりに操られて後で後悔する行動をしないことが何より大切です。
自分にとってより害のない状態で無為にとどまるか、気分を変えるために健全な何らかの方法をとってリラックスするように工夫します。
何もしないことへの罪悪感や焦りが出ているようでしたら、その焦りや罪悪感ものりうつりの影響である可能性があることに気づいて、むしろまず身体の疲労を軽減するために、仮眠を取るほうがいいかもしれません。
こうして身体がリフレッシュできたら、のりうつりが軽度の場合は、焦りのない状態で仕事や勉強にとりかかれます。仕事や勉強は、まず手につくところからやり始めると、案外はかどるものです。
3.のりうつりへの対処法
のりうつりは、自分の顕在意識でも潜在意識でもない、第三者のエネルギーの支配です。それは自分が持っているネガティブで破壊的な、あるいは欲望のエネルギーを増幅してゆく働きをします。 身体が重かったり、頭が痛かったりという身体の感覚が、のりうつりを示唆していることが多くあります。
ですから、まずのりうつりが来ていることに気づき、この無気力がのりうつりの影響によって生じていると見抜くことが必要です。 自分ではないエネルギーに操られ誘導され、支配…