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2月, 2015の投稿を表示しています

境界性パーソナリティ障害14…枠組みがないと不安定に

心理特性と対応法①・・・冷静で父性的な対応が必要


境界性パーソナリティ障害の人には、一つの認知(認識)の特徴があります

それは、「しっかりと構造化された状況においては、何の問題もなく対処することができるのに、構造があいまいな状況では、戸惑いや混乱を引き起こしやすい」というものです。


構造(化)というのは、言い換えると秩序、行動等の枠組みです。そして構造がしっかりしているというのは、カウンセリングであれば、時間や費用や手段や場所についてはっきりと取り決めをしておくということです。生活であれば、規則や目的がきちんと決められている状態です。人と話す時も、何でも自由に話してよいと言われるのは困るが、何を話すか決められていたりすると、安心するのです。これが構造がしっかりしている状態です。

そうした行動の枠組みがカチッとしていると、日常生活やコミュニケーションは問題なくスムーズにいきます。

しかし、細かい規則や決められた日課がなく、要求するままに応じてもらえるような環境に置かれると、情緒が不安定になるのです。つまり「これはしてもよい」が「これはダメ」という、規則がなくて、要求するままに応じてもらえるような状況は、一見優しく見えますが、どんどん要求がエスカレートしていきます。どんどん要求が膨らんでいって、コントロールができなくなり、不満や苛立ちがつのって、行動や感情にブレーキが効かなくなるのです。


たとえば、家庭であれば、子どもに対して、していいことと悪いこと、生活のルールをきちんと決めておいて、しっかりとそれを守らせる厳しさが必要になります。それを両親のどちらかが受容的になりすぎてあいまいにすると、かえって不安定化して、その子供は行動や感情の抑制ができなくなりがちです。冷静な厳しさがあることが、境界性パーソナリティ障害を持つ子供の心を安定させます。


「可哀想だ」という同情で接しすぎると、情に溺れて相手の要求や感情に飲み込まれていってしまいます。ここで相手の感情の渦に飲み込まれないようにするには、冷静さを持ち続けることが重要です。

カウンセリングを学ぶと、共感や受容に意識が向かいがちですが、境界性パーソナリティ障害の人には、それがいきすぎると、かえって相手を不安定にさせることがあるのです。


普通であれば愛情や保護をどんどん与える母性的な対応は、情緒障害を持った子どもに対して有効な場合が多いので…

境界性パーソナリティ障害13…その他の特徴②

アメリカの「DMS-Ⅳ」の診断基準には書かれていない境界性パーソナリティ障害の重要な特徴について、前回に引き続いて紹介します。



③コントロールの問題



境界性パーソナリティ障害の人は、「自分をコントロールできない」と感じているので、「他人をコントロールしている」と感じる必要があるように見えます。

彼らは無意識のうちに他の人を、勝ち目のない状況に追いやったり、理解しがたい混沌を作り上げたり、「他人が自分をコントロールしようとしている」といったりして、それによって他人をコントロールすることがあります。


これとは逆に、境界性パーソナリティ障害の人の中には、自分自身の力を放棄することで「自分をコントロールできない」という感情に対処しようとすることもあります。

例えば、すすんで暴力で虐待する夫の言いなりになることを選択して、自分で判断したり善悪を考えることをやめたり、カルトに入って決められたがんじがらめの生活に身を置いたりするのです。


「すべてをコントロールしなければならない」と境界性パーソナリティ障害の人が強迫的に思うのは、傷つくのを恐れているからです。

もっとも恐れているのは、「自分がさらけ出されること」です。自分がさらけ出されると、「自分が欠点だらけの人間だということに、皆が気がついてしまう」。その恥辱に耐えられないという気持ちがあるのです。


そこで、こういう感覚に支配されている境界性パーソナリティ障害の人にとってコントロールは、「誰からも恥ずかしい思いをさせられることがないようにするための方法」となるのです。こうして、他人の思考、感情、行動をコントロールしようとします。


しかし、このコントロールは、人間関係の親密さを破壊してしまいます。だれもが自分の意志や自由を尊重されたいと願っているからです。彼らは勘違いしているのです。誰かをコントロールすることによってではなく、自由意思によってお互いに尽くしあうことでのみ、本当の親密さは生まれるのです。



境界性パーソナリ

境界性パーソナリティ障害12…その他の特徴①

アメリカの「DMS-Ⅳ」の診断基準には書かれていませんが、境界性パーソナリティ障害にはそれ以外にもいくつかの重要な特徴が見られることがあります。次にそのいくつかを紹介します。



①「有害な恥」の感覚



有害な恥というのは、「自分は人間として欠点だらけである」という感覚です。これは自分の存在そのものに対するネガティブな感覚です。

この有害な恥の感覚は、本人に無価値感、孤独感、空虚感、完全な孤独感をもたらします。


この有害な恥を感じて羞恥心を強く持つ人は、自分の内面をさらけ出すことができません。人に対してはもちろんですが、自分自身に対しても自分をさらけ出そうとしないのです。正確には、「できない」と言ったほうがいいでしょう。それに向き合いことが、あまりにも苦痛だからです。そのために、吐き出して軽くなることや対決することができず、問題がいつまでも残ります。


この有害な恥の感覚は、境界性パーソナリティ障害の人の、怒りや粗(あら)さがしや非難、その逆に「過度に人を喜ばそうとする行動」、自傷行為、摂食障害などの根底にあるものです。自己否定感と一口に言っても、この場合は、自分の存在そのものを恥じているので、深刻です。


つまりカウンセリングで吐き出そうとしても、吐き出すことに有害な恥の感情が伴うので、カウンセリングが中断しがちです。

あらゆる過ちも、いかなる欠陥も、その人の存在を無価値にすることはありえないという絶対的な確信を、カウンセラーや近くにいる人が意識的に持っていることが好ましいといえます。そして、その人の価値を認めるような言葉を常にかけてあげることが必要です。

有害な恥の感覚を乗り越えて、カウンセラーにこれを話しても自分をダメ人間だとは思われないという信頼ができた時、癒しが始まります。



②境界がはっきりしない

(投稿)父を想う・・・世代間伝達に気がつく

(紹介)
カウンセラーの「大」さんは、あるとき自分と息子との何となくぎくしゃくした関係が、自分と父親との関係に酷似していることに気づきました。さらに父親と祖父との関係も、矢張り似たものであった可能性が高いと気が付きました。これは「世代間伝達」と言われていることです。これは親がやっていた子どもとの関係を、無意識的に子供の代でも繰り返してしまうことをいいます。それに気がついて、親を一人の人間として公平に観察してみることができると、世代間伝達は克服できます。「大」さんの気づきと反省が、読者の家族の関係改善に役立つことを願いつつ、投稿をご紹介します。

(投稿)

1.オレオレ詐欺の電話

私が社会人になって、実家を出てから、今の実家には両親が2人で住んでいます。
老夫婦2人だけなので、よく「オレオレ詐欺」がかかってくるらしく、かかってくると、私の家に「今、お前から電話がかかってきたよ。今病院にいて、お金がないから都合つけてくれ、と言ってたよ。」と、まるで電話がかかってくるのが楽しみなように、私に電話をかけてきます。
そんな両親なのですが、父親とは、何となく気持ちが通じ合うことができず、前々から他人のような感覚がありました。家に帰っても、家に居るのが父親だけだと、必要な用だけ足してすぐに帰ってしまうので、それを父親は不満に感じていたようです。

以前に、そのことで電話越しに文句を言われたのですが、一緒にいると何か窮屈な感じがして、なんとなく話すこともイヤでした。一緒に居たくないという思いが、なぜか心の中から湧いてきてしまう自分に、何でこれほど父親から距離を置きたがるのだろうと感じていました。 私の父親は、いわゆる「仕事の虫」でした。自分の父の経営する会社の工場長をしていたということもあって、子供の面倒や家事は一切タッチせずに、自分の仕事に没頭していました。ですから、父と遊んだという思い出は、私にはほとんどありません。東京まで夜の配達をすることが多かったので、時々トラックに同乗して夜の夜景を楽しんだという思い出ぐらいでしょうか。

私の母も、そんな父と、姑との問題で、だいぶストレスを抱えており、それをよく私にぶつけていたので、そのことが私の父に対する印象を悪くした原因にもなっていたのかもしれません。
2.一枚のメモ 私が大学に通っていた頃のことですが、ある時、リビングの片隅に、小さ…

境界性パーソナリティ障害11…その特徴(9)一時的な解離症状

①一時的に記憶が飛ぶ、自分が自分でなくなる

境界性パーソナリティ障害の特徴の一つに、強いストレスがかかった時に、精神の統合機能が一時的に破綻して、自分の記憶が飛んでしまったり、自分が自分でない状態になることがあります。
これを心理学では「解離」と呼びます。

解離とは「意識や記憶の自己同一性の連続性が一時的に破れること」です。


解離症状には次のような種類があります。


まず、ある部分の記憶が完全に抜け落ちるのを「解離性健忘」といいます。例えば母親が失踪した小学生の時期の記憶が完全にないという人がいますが、これは解離性健忘です。
さらに気がついたらどこか遠くに来てしまい、知らない場所にいるというのは「解離性遁走」といいます。
また人格が別人に入れ替わってしまうのを「解離性自己同一性障害」と言います。


もう少しよく経験する解離では、記憶が抜け落ちるわけではないが意識や自己同一性に変容が起き違和感を感じる状態や、意識が狭まったような状態で自傷行為をしたり、昔の光景がありありと蘇るフラッシュバックが起こって恐怖感や嫌悪感から興奮状態になったりすることがあります。虐待で心的外傷を受けた人には、フラッシュバックがしばしば見られます。

実際に「乖離」を経験した人は、その体験を次のように述べています。


「ときどき、自分をいろいろな動きをするロボットのように感じるの。何も現実とは思えないの。目が曇っていて、私のまわりで映画が上映されているみたいな感じ。」
「我に返ると、周りの人が私が言ったこととかしたことを教えてくれます。私は覚えていないのですが…。」
「今の彼氏に大きな声で叱られ怒鳴られると、前夫に受けた暴力のシーンの数々が、まざまざと思いだされてその光景が目の前に見えます。怖くて怖くて仕方がありません。」


解離の状態にある人は「映画を見ているようだ」「夢の中の出来事のようだ」意識だけが、身体から抜け出しているようだ」「ぼんやりしていて、あまり良く覚えていない」「気がついたら~していた」という表現で話すことが多いようです。

②離人


解離ではないのですが、よく似た状態のものに「離人」があります。離人とは現実感がなくなる状態です。記憶はあるし意識もしっかりしており自己同一性も保たれているのですが、「世界がよそよそしい作り物のように感じる」「現実感のない芝居の中にいるようだ」という感覚を持ちます。これも境界性パーソ…

境界性パーソナリティ障害10…特徴(8)アイデンティティの混乱

アイデンティティの障害


境界性パーソナリティ障害の一つの特徴は「自分が何者かが分からない」という感覚です。

これは、心理学では「同一性障害」と言います。要するにアイデンティティの障害です。

アメリカ精神医学会の「精神障害の診断と統計マニュアル(「DSM-IV」)には、「同一性障害:著名で持続的な不安定な自己像または自己感」とあります。


境界性パーソナリティ障害の方は、自分が何者かということについて確かな感覚を持つことができずに苦しんでいます。そのために生きることへの違和感、あるいは居場所のなさという感覚を持っているのです。


太宰治の『人間失格』は、境界性パーソナリティ障害の人が感じている生きずらさが如実に描かれているといわれますが、この作品に多くの日本の若者が惹かれています。この小説の主人公と同じような自己の否定感情に苦しみ、自己同一性の欠如に苦悩している若者が、現代の日本に相当数多くいるということでしょう。この作品の主人公は自分の存在に違和感を感じていて、「道化」を演じてわざと笑いを取りながら、自分の本心を隠して生きる主人公の心が描かれています。そしてついに人間失格という感情に押しつぶされていきます。


現代の多くの若者は、親の自慢の子供である「いい子」を演じながら、「ありのままの自分」を受け入れられないという経験を持っているといわれています。

「自分の気持ちが分からない」「自分がどうしたいのか分からない」「自分は何のために生きているのか分からない」という感覚に、多くの若者は苦しみます。これは多くの人が十代に抱く悩みですが、境界性パーソナリティ障害の人は、その苦悩がその人を根底から脅かすほど深刻なものとして体験されています。

それというのも境界性パーソナリティ障害の人は、基本的安定感や自己肯定感が乏しいからです。そこに本人の複雑な出自や、本人の主体性が軽視され続け、不当に否定的に扱われて傷つけられてきた生育の歴史が重なると、アイデンティティの障害はより深刻にならざるを得ません。そして自分が何者かが分からないという空虚さに苦しむのです。



境界性パーソナリティ障害の人のもつ「空虚感」は、こうしたアイデンティティ障害とも密接にかかわっています。


あるアメリカの精神科医はこう報告しています。


「患者は心の中が空虚で、『自分のものは何もなく』、