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11月, 2014の投稿を表示しています

境界性パーソナリティ障害1…愛情飢餓の苦しみを抱えて

1.決して珍しくない症状



境界性パーソナリティ障害は、最近増えつつあるのですが、対人関係が難しいという特徴があるので、大変厄介です。 リストカットを繰り返したり、自殺の企てを何度もしたり、摂食障害で拒食症や過食症に悩んだり、家庭内での親への暴力、援助交際などの性的逸脱などなど、こうした激しい行動の背景には、往々にして境界性パーソナリティ障害が潜んでいます。これに薬物への依存が加わることもあります。
そのために境界性パーソナリティ障害では、本人の苦しみが激しいだけでなく、家族やその周囲の人が振り回されてへとへとになっていくことが少なくありません。


特に境界性パーソナリティ障害への対応で難しいのは、通常の場合、その人を熱心に支えようとすればするほど、症状が悪化していくことです。親身に支えてくれる人に対して、どんどん要求をエスカレートさせたり、攻撃的で衝動的になったり、自殺の企てを繰り返すことも少なくありません。そのために親身になって支援しようとした人自身が傷つくことも多いのです。
アメリカではこの障害を持つ人は全人口の2パーセントもあり、さらに精神科外来患者の11%、入院患者では19%が境界性パーソナリティ障害の要素を持っていると言います。日本もそれに近づいてきているといわれています。



青年期に発症することが多いので、若い人の間では境界性パーソナリティ障害を持つ人は、大幅に割合が増えることになります。なかでも女性に多くみられ、80%をしめます。男性も20%を占めていて、性差がなくなっている現在では、男性が発症するケースも増える傾向があるようです。

2.見捨てられ不安と愛情飢餓

境界性パーソナリティ障害を持つ人は感情がとても不安定です。

たとえば、片時も離れたくないほどの恋人だったはずなのに、突然鬼のような怖い顔になり怒りまくる。たんなるお友達のはずなのに、夜中まで突き合せておきながら、翌日はがらっと態度が変わり激しく罵倒する、などなど・・・。

こうした極端に不安定な気持ちや言動の元にあるのは「相手に見捨てられるかもしれない」という不安です。しかも、その「不安」は、本人が思いこんでいるだけで、相手にしてみれば全く心当たりがない場合がほとんどです。そのため何を怒っているのか、見当がつきません。

境界性パーソナリティ障害の人は、大変深刻な「見捨てられ不安」をもっているのです。そのために、ささいな…

(受講体験談)メール・カウンセリングを受けて

<コメント>メール・カウンセリングを約8カ月受けて、社会復帰を果たされたMさんがいます。トラウマになるような厳しい心的外傷を受けて、深刻な不安障害を抱えていた女性でした。詳しいことは書けませんが、そのMさんが種村トランスパーソナル研究所のメール・カウンセリングを受けた体験談を寄せてくださいました。


(投稿・体験談)



1.潜在意識との対話をして



最初の頃には,正直,信じてはいなかった。潜在意識が存在することは信じているけれども,自分から対話するなんて,頭がおかしいのではないかと思いました。


でも自分を変えたい一心で,何でもやると思いながら,先生の指導を受けながら半信半疑の気持ちで,

(投稿)ありがとう

1.祖母と母

私が30歳の頃に祖母は亡くなりました。
私が生まれた時は、祖父と祖母と同居していたのですが、
小学校の頃に祖父が亡くなってからは、祖母と、父親、母親、私で暮らしていました。
祖母と母親は、仲が悪く、そんな様子を見ても、父親は仕事を理由に仲裁に入ることすらしませんでした。
私は、毎日のように、祖母、母親の両方から、相手の愚痴を聞かされて育ちました。
私の母は、祖母からは、いじめに近いような扱いを受け、私は母親から、彼女がいかに不遇の目にあってきたか、を連日のように聞かされました。
何かをしてあげても、「ありがとう」一言すら言わない、と母親は祖母に対してはかなりのストレスを感じて日々を過ごしていました。
そんな祖母でも、時がたつとだいぶ体も弱ってきました。そうすると、今度は父親以外の自分の息子や娘達(父親は5人兄妹でした)を味方につけようと、わざわざ電話をして

「助けてくれ。このままいると、私は殺されちゃうよ。○○さん(私の母親)に説得して、私をいじめないでくれと伝えてくれ。」という話をしたそうで、それを真に受けた兄妹達が、母親に電話してきたという話を聞きました。
私が見ても、母親が祖母をいじめている姿は見たこともなく、全く祖母の狂言だったのですが、そのとき母親はとても悔しい様子をしていたのが、いまだに目に焼き付いています。

2.祖母の介護

祖母は、そのうち、骨粗鬆症がひどくなり、入退院を繰り返すようになりました。ちょっとした衝撃でも骨を折るようになり、そのたびにボルトで固定する手術をおこなっていたので、祖母にとってはとても苦しい日々であったようです。歩くこともできなくなり、とうとう寝たきりの状態になってしまいました。

母親は、自分の仕事もできず、介護の専念するようになりました。どうしてこんな目にあうのか、なんで私が嫌いな母親の面倒を見なくてはいけないのか。実の息子娘達は、私だけに介護を押しつけて、家にも来ずに何も手伝わない。なんで他人の私だけが・・・。
そうした何ともやるせない思いが、ずっと母の心の中にあったそうです。