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(投稿)心の内なる声・・・自分へのメッセージ


(紹介)準カウンセラーの「大」さんが、心鎮めて瞑想し、自分の内なる声に耳を傾けていたときに、心の内側から込み上げてきた思いを綴ってくれました。内省的な時期であり「自戒」への思いが強く湧いていたのだと思います。そうした折に、潜在意識の奥から湧き上がってくる自分の指針を確認することは、日々成長していくために必要な営みだと思います。(種村)

 

心の統御

 

怒るな。怒るな。汝、心を統御せよ。

ゆめゆめ心乱すな。

己の心を他に譲り渡してはならぬ

 

汝の心は、汝の内にあり。

怖れるな。怖れるな。決して怖れるな。

怖れを抱いた瞬間、心を他に明け渡したことになる

 

愚痴るな。愚痴るな。決して愚痴るな。

愚痴はすなわち、心の中の不満。

自分の至らなさに対する責めが他に向いた時、それが愚痴として現れる。

自分の至らなさを認めることが出来ずに、原因を他に求める。

自分の不幸や不満を他に原因があるものとして、他を責める心。

それが愚痴として現れる。

愚痴は、己の心を黒く汚すだけでなく、自分の周りも黒く染め上げる。

ゆえに、愚痴は言った分だけ、反作用を生むことになる。


ワンネス(つながった心)


ああ、私は何ゆえに、このような悲しい感情を持つのであろうか。
人間の魂(ソウル)は、実は大いなるものとつながっている。
というより、大いなるものの一部として、その中に存在しているのだ。
本来一体なるもの。

分け隔てることができないもの。

拒絶し、分離することができないもの。
それを何故に分け隔て、拒絶しようとするのであろうか。
魂は、それぞれ分かれているようで、実は一体であるのに・・・。


人間の細胞一つ一つは別の存在のように見えても、人間全体で見れば、「一」なる存在である。
人間を見て、細胞一つ一つを別々に差別して認識することはない。
細胞レベルでみれば分かれているように見えても、

細胞レベルの認識をはるかに超えた人間レベルの目で見たならば、

ひとりの人間として認識できる。

そうなのだ。

別々の存在のようでありながら、実は一体として存在しているもの。

それが私たちの魂なのだ。

そのような視点を持たねばならないだろう。
細胞レベルの視点ではなく、人間レベルの視点を。
否、人間レベルの視点ではなく、大いなる存在から見た視点を。
この視点を持たなければ、「ワンネス」の認識を持つことはできない。

まずそうした視点を心がけよう。


私たちは、それぞれ別個のものでありながら、大いなるものを形作っている。

その一部として、ワンネスに対する責任を持たねばならない。
「全体」「ワンネス」を形作っている「一部」として、

自らが成長することを通じて、ワンネスの成長に貢献する存在なのだ。


成長

 

そのためには、マズローの提唱した欲求段階説にあるような段階を踏んで心が成長していかなければならない。

マズローの欲求段階説は、ただ単に欲求のレベルを表したものではない。

心の成長、発展の段階を見事に表しているものだ。

自己実現、そして自己超越へ。

心が成長するほど、大いなる存在と一体であることの真の意味がわかってくる。

その道をひたすらに進もう。

道はいくつもあるように見えるが、必ず一つにつながっている。
富士山の登山口はいくつもあるが、ゴールは頂上1つであることと同じ。
道は違っても、皆同じゴールを目指している。

だからこそ、価値観は違っても、互いに認め合う気持ちを大切にしよう。
「愛」と「許し」。

この2つを限りなく追求していこう。

それが今、自分にとって何よりも大切なことだから。(「大」)

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境界性パーソナリティ障害1…愛情飢餓の苦しみを抱えて

1.決して珍しくない症状



境界性パーソナリティ障害は、最近増えつつあるのですが、対人関係が難しいという特徴があるので、大変厄介です。 リストカットを繰り返したり、自殺の企てを何度もしたり、摂食障害で拒食症や過食症に悩んだり、家庭内での親への暴力、援助交際などの性的逸脱などなど、こうした激しい行動の背景には、往々にして境界性パーソナリティ障害が潜んでいます。これに薬物への依存が加わることもあります。
そのために境界性パーソナリティ障害では、本人の苦しみが激しいだけでなく、家族やその周囲の人が振り回されてへとへとになっていくことが少なくありません。


特に境界性パーソナリティ障害への対応で難しいのは、通常の場合、その人を熱心に支えようとすればするほど、症状が悪化していくことです。親身に支えてくれる人に対して、どんどん要求をエスカレートさせたり、攻撃的で衝動的になったり、自殺の企てを繰り返すことも少なくありません。そのために親身になって支援しようとした人自身が傷つくことも多いのです。
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境界性パーソナリティ障害7…特徴(4)怒りのブレーキが効かない

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通常このタイプの人は、怒りだけでなく、あらゆる感情が激しくて、それを抑えるブレーキが壊れているように感じています。それは彼らが痛みに対して、非常に過敏な心を持っているからです。ある専門家はこれを、全身の9割に重度の熱傷(やけど)を受けているような状態だといいます。「感情という皮膚がなく、わずかに触れたり、動いたりするだけでも、彼らは苦痛に悶えるのです」。ですから制御できなくて激しい反応が起きてしまうのです。
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このタイプの人は、心の深いところで母親や父親の代理を相手に求めています。ですからその欲求を満たしてくれる人に出会うと、どんどん依存を深めていきます。

さらに境界性パーソナリティ障害をもつこのタイプの人は往々にして恋愛感情に入っていきやすいので、理想の相手に見えて恋心に火がつくことも少なくありません。しかし、これはこの人の中にある理想の父親もしくは母親の投影として、理想の恋人に見えているのであって、本当の恋心とはいえません。


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些細なきっかけで、その人の何らかの要求が満たされないと、評価が180度逆転して、罵詈雑言を浴びせることもありがちです。そして「最低!」「信じて損した」「私の時間を返してよ」という具合に、激しい言葉を浴びせるのです。言葉だけでなく、行為で迷惑をかけることもあり、相手は翻弄されていくことになります。
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このタイプの人を理解する鍵は、「アンビバレント(両価的)」な感情にあります。