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(投稿)息子との対話・・・自由の意味について


(紹介)「大」さんは息子さんとのスマホゲームを巡るやり取りの中で、自由の意味について議論されたようです。日常の中の親子関係。特に父親は思春期以降の息子に対して、社会に通用する価値観を教えてあげる必要があります。息子との心の対決を通して、それは伝わっていくものだと思います。父親として逃げていない姿勢に共感を持ちました。(種村)

(投稿)

1.自由を奪うのか
長男の期末テストの結果が返ってきました。
予想に反して、悪い結果でした。
本人は、毎度のテスト後の決まり文句で,「今日から心を入れ替えて頑張るよ。」といって、勉強を始めました。
「問題がないから、問題を作って。」と行ってきたので、ネットで適当な数学の問題をダウンロードしてあげました。
30分ほどしないうちに、「ちょっと休憩」といって、スマホをいじり始めました。
「もう終わりなの」という私の言葉に、「少し休憩だから、もう少ししたらやるよ。」とのこと。
私も自分の仕事をするために、別の部屋に行って、小一時間して戻ってみると、妻がかなり不満げな様子。長男は、ソファーで寝てしまっていました。
「いくら言ってもやらないし、結局そのまま寝ちゃった。しつこく言うと、なんで自由を奪うの?と文句を言われた。」と言っていた様子。
朝になって、長男に昨日の様子を話すと、長男は、「それよりも、スマホにゲームをダウンロードしてくれない?」と言ってきました。
当然のごとく、断固として断ると、「なんで、自由を奪うの?」と一言。
この言葉は、長男が自分の意志が通らないと、必ず発する言葉でした。スマホは、電話やメールをするために買ったから、ゲームはダウンロードさせない、と一貫して長男には伝えてきました。
いろいろと理由をつけて、ゲームをダウンロードするように主張してくるのですが、こちらは一貫してノーの一言。すると、いつものように、「なんで、いつもそうやって自由を奪うの?」の決まり文句。
 
2.自由を与える

そんな長男に言いました。

自由を奪ってるんじゃないよ。自由を与えてあげているんだよ。それも、将来に向かってのね。
君の言っている自由ってのは何だい?
自由って言うのはね、選択肢が増えていくっていうことなんだよ。
今回の期末テストで、このままいったら、自分が入りたい学校になんか入れないということがわかったよね。そういうことなのに、また懲りずに、ゲームをダウンロードして勉強をおろそかにしようとしている。いつまで、こんなことを繰り返すの?
それとね、選択肢にはレベルってものがあるんだよ。
ゲームをする自由、行きたい学校に行ける自由。同じ自由だけど、どちらの方が価値があるの?
今、ゲームをする自由を奪っているけど、それは、将来の自分の行きたい高校に行く自由を与えているということなんだよ。今の選択肢を奪っているということは、将来の選択肢を増やしてあげようと思ってのことなんだ。それがわからないかい?
今、君に自由を与えると言うことは、別の意味で、君の自由を奪ってしまうことになるんだ。
将来の自由を得るのに、今の自由を制限するかどうかは、君の「自由」だ。自由にはそれぞれ価値のレベルがあるから、より高い価値のある「自由」を得ることが一番賢明だと思うよ。

自分の人生だって、目の前の「自由」に心奪われ続けた結果、今の「自由」がかなり制限された状況になってしまいました。もう少し努力しておくべきだったという後悔が消えることはないでしょう。
そうした自分の人生において、「失敗からの教訓」を得ることができました。

3.賢者と愚者の違い

長男には、絶対に自分と同じような失敗をして欲しくないという気持ちがあります。そういう思いが強いだけに、長男の現状をみていると、いたたまれなくなります。

長男には、このようにも言いました。
 
 人生には失敗から学ぶこともある。しかしながら、
賢い人というのは、人の経験(失敗)を、自分の人生に教訓として生かすことができる人だ。
凡人というのは、自分が失敗し、痛い思いをして、そこで初めて気づく人だ。
愚人というのは、何度失敗しても、懲りずに同じ過ちを繰り返す人だ。

教育には忍耐が必要と言われます。確かにその通りです。
親にとって、限りない「信頼」と「忍耐」が試される場です。
しかし、それも親としての「修行」でありましょう。
互いに学びあい、磨きあいながら生きている。
それが「親子」というもの。「家族」というものかもしれません。

コメント

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境界性パーソナリティ障害1…愛情飢餓の苦しみを抱えて

1.決して珍しくない症状



境界性パーソナリティ障害は、最近増えつつあるのですが、対人関係が難しいという特徴があるので、大変厄介です。 リストカットを繰り返したり、自殺の企てを何度もしたり、摂食障害で拒食症や過食症に悩んだり、家庭内での親への暴力、援助交際などの性的逸脱などなど、こうした激しい行動の背景には、往々にして境界性パーソナリティ障害が潜んでいます。これに薬物への依存が加わることもあります。
そのために境界性パーソナリティ障害では、本人の苦しみが激しいだけでなく、家族やその周囲の人が振り回されてへとへとになっていくことが少なくありません。


特に境界性パーソナリティ障害への対応で難しいのは、通常の場合、その人を熱心に支えようとすればするほど、症状が悪化していくことです。親身に支えてくれる人に対して、どんどん要求をエスカレートさせたり、攻撃的で衝動的になったり、自殺の企てを繰り返すことも少なくありません。そのために親身になって支援しようとした人自身が傷つくことも多いのです。
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境界性パーソナリティ障害7…特徴(4)怒りのブレーキが効かない

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このタイプの人は、心の深いところで母親や父親の代理を相手に求めています。ですからその欲求を満たしてくれる人に出会うと、どんどん依存を深めていきます。

さらに境界性パーソナリティ障害をもつこのタイプの人は往々にして恋愛感情に入っていきやすいので、理想の相手に見えて恋心に火がつくことも少なくありません。しかし、これはこの人の中にある理想の父親もしくは母親の投影として、理想の恋人に見えているのであって、本当の恋心とはいえません。


もし恋人関係になったとしても、この関係は長続きしません。どこかで相手が支えきれなくなるからです。相手がその人のもつ過大な期待にしり込みしたり、あるいはもう飽き飽きしたという態度を取ると、境界性パーソナリティ障害の人は「見捨てられるのではないかという不安」に捉われます。
そこで必死にしがみつこうとしたり、相手の気を引く行動をとります。

それでもさらに相手が引くそぶりを見せると、激しい失望を感じて、「裏切られた!」と怒りを感じます。そうすると、今度は相手が攻撃の対象になりかねません。


些細なきっかけで、その人の何らかの要求が満たされないと、評価が180度逆転して、罵詈雑言を浴びせることもありがちです。そして「最低!」「信じて損した」「私の時間を返してよ」という具合に、激しい言葉を浴びせるのです。言葉だけでなく、行為で迷惑をかけることもあり、相手は翻弄されていくことになります。
②アンビバレント(両価的)な感情
このタイプの人を理解する鍵は、「アンビバレント(両価的)」な感情にあります。