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(投稿)未来を創る6  過去の清算



深層潜在意識の浄化

(コメント)

「大」さんはカウンセリングの過程で、深層潜在意識にある過去世の記憶がいくつか蘇ってこられました。それは強い情動を伴った記憶でした。どうやら過去世の記憶に迫害された経験の記憶がいくつかあり、それが彼の心を消極性、不安、自己信頼の欠如へと引っ張っていることが感じられてきました。もっとも彼の深層潜在意識にはこの対極ともいうべき智慧や繁栄の意識があり、それもカウンセリングの過程で姿を顕わしています。自分が望む未来を創造するには、そうした過去世の心の傷を癒し、本来持っているよきものを掘り起こす作業も必要な場合があることを、「大」さんの事例は教えてくれています。(種村)

 
(投稿)

過去世の記憶

私の過去世には,神を信じることへの試しという経験があったように感じます。神の教えを伝え広めたが,最終的には迫害にあって非業の死を遂げた,といった体験を,私の魂は幾度かしてきたようです。

1つは,日本での隠れキリシタンの踏み絵に代表される迫害,
さらに,古代(もしくは中世)ヨーロッパの宗教迫害
そして,預言を伝えていたときの迫害
このほかにもあるかもしれませんが,いくつかの迫害された過去を持っているように感じました。

たとえば,迫害を受けても,キリストを信じて殉教に身を投じることこそ尊いことであるという概念があります。そうであってこそ,死後に神近きところに行くことができるということで,キリストの後を追うように迫害を恐れずに殉教する聖者が過去におりました。彼らの尊い精神があったからこそ,キリスト教が世界に広がっていったのでしょう。

それに対して,私の過去世の場合は,全く逆のものでした。迫害された結果、神を信じることができなくなり,不安と恐怖に支配されながら,非業の死を遂げていった。
中世の時代には,兵士につかまり,引きずられながら,胸を刺されて死んでいった。
日本の迫害の時代には,踏み絵を踏んだ。
これには相当深い心の傷が残ったのでしょう。刺された部分は,今世の私の肉体にも炎症が出ていますし,右足には,いまだ踏み絵を踏んだ感覚が残っています。

そして,人を幸せにするつもりが,逆に不幸にさせてしまったという思いは,深く自分の心の傷として残ってしまいました。
自分を縁として,相手が不幸になってしまうのではないか,という不安が,いつも自分の中にあります。そして相手に不幸な事件が起きてしまったとき,「自分が原因でそのような不幸にみまわれたのではないか」,といった思いが反射的に湧いてきます。まさしく自分が不幸の発信源であるかの様な感覚に見舞われます。

ただ,その当時の自分というものは,とても純粋であって,「人を幸福にすることにしたい」という真剣で一途な思いがあったようです。生い立ちもあまり幸せでなかったのかもしれませんが,教えを通して人々が幸せになり,暗く沈み切っていた顔が笑顔で明るくなる,絶望に沈んでいた人々の心に希望の光が灯る,そうしたことに命をかけていたようでありました。
そのあと迫害にあって,多くの人々が不幸な目に見舞われる様子を見て,とても耐えきれなくなったのでしょう。自分の力のなさを恨み,唯一信じていたものに裏切られたような感覚に陥り,心の支えを一気に失ってしまったことによって,不安や恐怖に支配されやすくなってしまったといえます。

試練の意味
理想的な死に方(?)としては,殉教者のように,神を信じて自ら身を投じるということであるのかもしれません。迫害を恐れず,自ら神の前に身を捧げるという行為は,キリスト信者にとって,自らの信仰を証明する大いなる試金石としてあるのかもしれません。

そして,そんなことにも関せず,深い失望と挫折の中で死んでいった自分は,信仰の試しに屈して,地獄に落ちて行ったのかといえば,そうではなかったようです。確かに成功ではなかった。理想ではなかったが,失敗でもなかったといえると感じます。

それは,「多くの人々の幸せを願って生きていた」という行為があったからであり,神を恨んだのも,不幸になった人々のことを思うあまりのことであったからではないかと感じます。

ただ,同じような体験をさせられるというもの,そこに克服しなかればならない修行課題があるからであり,そこで何を学びとっていくか,という問いに対する答えを導き出さねばなりません。

殉教という生き方もある意味で理想ではあるのかもしれませんが,真なる意味で,本当の理想ではないと感じます。その殉教の歴史が,その宗教を広めていく原動力になっていることは確かですが,確実にその宗教に「暗い影」を落としているということも事実であるからです。真実を守るという意味で大変崇高な行為ではあることは確かですが,必要ではあるが理想ではないという感覚が私の中にはあります。それは,自分の過去世における歴史の中にその答えを見つけ出していかなくてはならないと感じています。

未来を創るために,過去の清算をしていかねばなりません。過去に起こったことが未来に暗い影を落としているとしたら,過去の暗い影を消し去り,明るくしていかねばなりません。
過去との対決は,これからも続いていくでしょう。しかしながら,これもサムジング・グレイからいただいた贈り物でしょう。無駄なものは何一つありません。貝が自分の中に入った異物を真珠に変えていくように,自らに与えられた試練を,光り輝く宝石に変えていくことが大切なのだと思っています。 (大)

<種村トランスパーソナル研究所の連絡先>
℡:090-8051-8198(心理カウンセラー・種村修)
メール:tanemura1956@gmail.com

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境界性パーソナリティ障害1…愛情飢餓の苦しみを抱えて

1.決して珍しくない症状



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そのために境界性パーソナリティ障害では、本人の苦しみが激しいだけでなく、家族やその周囲の人が振り回されてへとへとになっていくことが少なくありません。


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・冗談で言った言葉にすら、深く傷つき思いつめてふさぎ込む。
・何気ない動作が、愛情の希薄さだと責められて、唖然としてショックを受ける。
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