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(投稿)悲しみを背負って

(コメント)私たちの心の奥には、遠いいにしえの人生の記憶が深層潜在意識というところに
蓄積されています。そこにある思いが、時としてよみがえってくることがあります。その中身を
静かに見つめると、過去世でどのような経験をしていたのかを垣間見えることがあります。
「大」さんから頂いた投稿は、そうしたいにしえの思いと現在の自分との出会いであり、同時に
過去のとらえ直しでもあると思います。自己変革という言葉の奥深さを感じる投稿です

(投稿)罪悪感と許し

この世から不幸をなくしたい。
こうした思いが、ずっと心の中にあった。
そうした思いが強くなればなるほど
自分の力の無さを責めた。
自分にもっと力があれば、もっと影響力があれば
多くの人たちの力になれるのに。
自分に力がないばかりに、
逆に不幸を増やしてしまうのではないか、と
不安と恐れ、そして自責の念にさいなまれる。
そうした日々を過ごしていた。
できることなら、不幸を避けたい。
多くの人と共に、幸福な日々を過ごしたい。
過去世の影響であろうか、
突然、不幸が襲って来るのではないかという恐怖、
自分が不幸を生む当事者となるのではないかという不安、
そうした思いと戦いながら、毎日を過ごす。
不幸から逃げても、しつこく追いかけてくる。
不安が、自分の心を捉えて、離れなくなる。

この世にある不幸が、自分と関係しているように感じる。
少なくとも、周りに起きている不幸は、特にそう感じる。

心を沈め、内なる自分に問いかける。
どうして、そう思うのか、と。

内なる自分は語る。
たとえ、過去にどのような不幸があったとしても、
それが、自分をきっかけに起きたとしても、
自分を責めても、全く意味がないこと。
背負っている不幸を、そして悲しみを背負うことだ。
それで初めて、不幸や悲しみと相対することができ、
不幸や悲しみを消し去る力を養えることができるのだ。
不幸や悲しみに背を向けるのではなく、目を向けること。
自分が不幸のきっかけを作ってしまうのではないかという恐れは、
心が、それらのことに背を向けているからにすぎない。
過去の不幸や悲しみと向き合い、背負って行く覚悟をすることが、
それらを克服していく出発点となるのだ。
そして、不幸を消し去るための努力もまたできるということだ。
過去に何があったかは、とやかく言うまい。
心が逃げていて、それを知ったところで、何の糧にもならないからだ。
逃げてはいけない。避けてもいけない。
悲しみを、真っ正面からうけとめよ。

この世には、多くの争い、憎しみが渦巻いている。
その奥に、悲しみを感じることができるであろうか。
それがわからなければ、まだ先は長いといえよう。
 
そのとき、確かに伝わってきたものがあった。
イエスが生まれた時代、地域は、多くの憎しみに満ちていた。
確かに、イエスは、それらの人々の奥にある悲しみを感じていたのだ。
まるで、我がことのように。
愛する気持ちが深くなるほど、悲しみもまた深くなる。
その矛盾に満ちた感情に、はたして耐えうることができるであろうか。
イエスの悲しみの深さたるや、いかほであったであろうか。
イエスの十字架の意味、それも強く自分に伝わってきた。
イエスは、この悲しみを我が身のことのように感じていたのだ。
そして、その悲しみを自ら背負っていたのだ。
この悲しみは背負わなければ、解決することはできない。
この悲しみをなくすために、あのやせ細った体に、一心に背負ったのだ。
愛とは、かくも悲しいものなのであろうか。
いや、そうではない。
悲しみを悲しみとして終わらせてはいけないのだ。
 
イエスが問いかけてくるような気がする。
あなたが感じている「悲しみ」を背負う覚悟はあるのか、と。
愛深くなっていくということは、背負う悲しみも多くなり、
悲しみもより深くなっていくということ。
人を救うということは、そのようなことであるのだ、と。

・・・・・そう、逃げていただけだったのかもしれない。
 
過去の不幸や悲しみに恐怖し、そこから目をそむけても、
何の解決にもならない。そう、イエスは教えてくれた。
たとえ悲しみが深くなっても、それを背負っていこう。
 
不幸を消し去ることが自分の使命である限り・・・。(大)
 
<種村トランスパーソナル研究所の連絡先>
℡:090-8051-8198(心理カウンセラー・種村修)
メール:tanemura1956@gmail.com



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境界性パーソナリティ障害1…愛情飢餓の苦しみを抱えて

1.決して珍しくない症状



境界性パーソナリティ障害は、最近増えつつあるのですが、対人関係が難しいという特徴があるので、大変厄介です。リストカットを繰り返したり、自殺の企てを何度もしたり、摂食障害で拒食症や過食症に悩んだり、家庭内での親への暴力、援助交際などの性的逸脱などなど、こうした激しい行動の背景には、往々にして境界性パーソナリティ障害が潜んでいます。これに薬物への依存が加わることもあります。
そのために境界性パーソナリティ障害では、本人の苦しみが激しいだけでなく、家族やその周囲の人が振り回されてへとへとになっていくことが少なくありません。


特に境界性パーソナリティ障害への対応で難しいのは、通常の場合、その人を熱心に支えようとすればするほど、症状が悪化していくことです。親身に支えてくれる人に対して、どんどん要求をエスカレートさせたり、攻撃的で衝動的になったり、自殺の企てを繰り返すことも少なくありません。そのために親身になって支援しようとした人自身が傷つくことも多いのです。
アメリカではこの障害を持つ人は全人口の2パーセントもあり、さらに精神科外来患者の11%、入院患者では19%が境界性パーソナリティ障害の要素を持っていると言います。日本もそれに近づいてきているといわれています。



青年期に発症することが多いので、若い人の間では境界性パーソナリティ障害を持つ人は、大幅に割合が増えることになります。なかでも女性に多くみられ、80%をしめます。男性も20%を占めていて、性差がなくなっている現在では、男性が発症するケースも増える傾向があるようです。

2.見捨てられ不安と愛情飢餓

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通常このタイプの人は、怒りだけでなく、あらゆる感情が激しくて、それを抑えるブレーキが壊れているように感じています。それは彼らが痛みに対して、非常に過敏な心を持っているからです。ある専門家はこれを、全身の9割に重度の熱傷(やけど)を受けているような状態だといいます。「感情という皮膚がなく、わずかに触れたり、動いたりするだけでも、彼らは苦痛に悶えるのです」。ですから制御できなくて激しい反応が起きてしまうのです。
この敏感さは、境界性パーソナリティ障害の人が、潜在意識と同通しやすいこととも密接にかかわっています。鈍感な人であれば感じないので平気なことでも、潜在意識と同通して敏感な人にとっては、拷問なような苦しみを感じることがあるのです。心がむき出しになっていて、小さな刺激にも過敏に反応するのです。このタイプの人が、激しい猫舌であることも、しばしば見かけます。感覚も過敏であることが少なくないように思います。

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境界性パーソナリティ障害2…主な特徴と種類

①極端な気分、感情のブレが特徴

境界性パーソナリティ障害を抱えた子どもやパートナーと一緒に生活すると、次のような経験をすることがあります。
・何のことはないごく些細な言葉で、さっきまで楽しくしていたのが、急に怒りだして手がつけられなくなる。
・少し言い過ぎた言葉、その一言でむきになり、家を飛び出してしまう。時には自殺企図へと走ったりする。
・一言注意されると、もう怒りが爆発して、手が付けられないほど暴れまる。
・冗談で言った言葉にすら、深く傷つき思いつめてふさぎ込む。
・何気ない動作が、愛情の希薄さだと責められて、唖然としてショックを受ける。
子どもやパートナーがこうした反応を繰り返すと、家族はしだいに腫れ物に触るように、顔色を常に窺いながら、機嫌を損ねるのを恐れながら暮らすようになっていきがちです。薄氷を踏むような危うさ――。家族は言いたいことを言えず、常に自分を抑えて暮らします。
こうして家族はその人に支配されているような状態に陥り、息苦しさを感じます。もちろん、ご本人にはそうした意図はありません。ご本人はどうしようもない感情・気分のブレに苦しんでいるのですが、結果的には周囲を支配しているのと変わらない状況が生まれがちです。

境界性パーソナリティ障害は、感情や気分、行動の変化があまりにも激しいという特徴があります。しかも変動の幅が大きすぎ、まったく正反対の方向へぶれたりします。
飛行機の操縦かんを動かし過ぎると、機体は激しく振動し、上下にもブレを繰り返すといいますが、同じことが心の操縦かんで起きているのです。
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「不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難」・・・(例)しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いの喧嘩を繰り返す。