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(投稿)感謝ということ



マズローの欲求段階説と感謝
 

心のモチベーションを高めるために、まず大切になるのが「感謝」ということです。

人間の心というものは、感謝に始まり、感謝に終わるといって良いでしょう。

 「感謝」をするということは、とても大切なことであるということは、皆知っています。感謝することの大切さを述べた書籍などは、山のように存在しています。

では、「感謝」の本質とはいったい何であるのか。

「感謝」というものはとても素晴らしいものであるということは、わかっている。では、いったい「感謝」はなぜ、良いことであるのか。もともと「感謝」ということは何であろうか。

人は感謝をすると、心が安らぎます。心から憎しみが消え、ストレスが吹き飛び、心の底から喜びが湧いてきます。そして、報恩をしようとする感情が生まれてきます。善念の集合体、それが「感謝」であるように感じます。

 

マズローの欲求段階説を見ると、生理的欲求から始まって、自己実現欲求までの段階に至るまで、何が変わっているかといえば、「感謝」の度合いが変わっているといえると思います。

 人間が生まれて、自分を1つの「個」と認識し、自然と隔離した存在であると感じる段階を得た時、その自然(自分以外の環境)は自分という「個」に対してどう接しているかということが、欲求段階に多分に影響を与えることは明らかです。

つまり、自分という「個」に対して、「自然」は害する存在であるのか、それとも守ってくれる存在であるのか。言いかえれば、否定的存在か肯定的存在であるかということになります。

欲求段階で見ると、最下層では、否定的である要素が強く、上層に移るにつれ、肯定的要素が強くなってくると思われます。上層は社会的貢献の欲求ですから、世の中を肯定的に見ることができないと、基本的には難しいのではないかと思われます。自然に「感謝」の念というものも強く持つようになってくると思われます。

そうした理由で、マズローの欲求段階は「感謝」の度合いに比例するということを定義してみたいと思います。

付け加えて言えば、欲求段階のさらに上の段階である「自己超越」の段階では、心が「感謝」に満たされるということを述べておきたいと思います。

ゆえに、欲求段階を心の成熟度の段階ととらえるならば、「感謝」を高めていくとこが、心の成熟につながっていくといえると思います。

 

感謝の本質
 


さて、この「感謝」の本質について、述べてみたいと思います。

私の受けたインスピレーションを素直に語ってみたいと思います。

 
 人間の魂は、もともと超越潜在意識が分かれて生まれたものです。

 生まれたばかりのころは、自他を分けへだてた感情というものは、ほとんどありませんでした。

そして、生まれたばかりのころに、最初に持っていた感情が「感謝」であったのです。

超越潜在意識から生まれておりながら、超越潜在意識や他の個性と一体であることへの想いが「感謝」となって表れていたのです。

そして、生まれ変わりを繰り返すうち、この世においては、徐々に「個」というものを形成し、自他をわけへだてることになっていきました。そうすると、感謝の念というものは、なくなりはしませんが、薄れてきます。

人が「感謝」の念いを持ったとき、自他がつながっているという感覚がよみがえってきます

 人は、自分が生まれた時の感覚を多かれ少なかれ覚えているのです。

ゆえに、「感謝」を深めていくと、「自他一体」の感覚に限りなく近づいていきます。

私たちが本来持っている感覚がよみがえってくるからです。

 

 「感謝」というものは、人間が本来持っている根本的な感覚です。人間の根源的な感情といってもよいでしょう。ですから、「感謝」というものが、すべての感情の上に来るのです。

ですから、「感謝」を深めていくことは、人間の心の成熟度を高めていくと同時に、悟りへの道とも直接的につながっていくのです。

 

 「感謝」からは「進歩」と「調和」を両方含んでいます。

独りよがりの「発展」からではなく、自然の一部としての自己拡大として展開する「発展」には「進歩」の中に「調和」が含まれています。これこそ真の「発展」というものです。

 「感謝」に満ちた世界は、「調和」にあふれています。そして、皆が全体の一部として、他を思いやりながら自己発揮していく姿、これこそが本当のユートピアといえるのではないでしょうか。

つまり、「感謝」を軸にした発展は、必ずユートピアの道につながっていくのです。

我々が本来目指すべき「発展」の姿であり、超越潜在意識の望んでいる姿でもあるのです。

 

 「感謝」は頭で考えて生まれるものではありません。

 心の中から自然にわいてくるものです。

 「感謝」は作り出すものではなく、本来あるものを発現していくものであるからです。

 「感謝」を生み出そうとしてはいけません。

 我々の本質には、「感謝」が存在しているのです。その眠っている感覚を呼び覚ます、そういうことが必要になってきます。

ですから、「感謝」の次は「信じる」ことにつながっていきます。

本来、超越潜在意識ら分かれてきた自分というものを「信じる」こと。 それが大切なことになってきます。(大)

<連絡先:種村トランスパーソナル研究所>
所長兼心理カウンセラー 種村修


 電話番号:090-8051-8198


 メールアドレス:tanemura1956@gmail.com

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