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命の炎を燃やせ②-心を浄化する(1)



1.反省ということ

心の浄化において、一番大切なのは反省ということです。自分が過去において行い思い語ったことが、他者の視点から見たときに、その他者を苦しめなかったかどうか。また自分自身を傷つけたりすることがなかったかどうか。この二つを点検して、自分自身を振り返り、過ちがあればその原因を探り、修正してゆく行為が反省です。

 これは生涯に何度か振り返ってみる必要があると思います。というのは、その時点では良かれと思い正しいと信じて行った事でも、時間を経て振り返ると誤っていた点が見えてくることがあるからです。

ある宗教に入り、知り合いを勧誘していた人が、その時は善意のみで行動していたとしても、その宗教自体が間違ったものであったと気が付く場合があります。この場合は、その宗教を勧めた自分の判断が誤っていたことを素直に認め、どこがまちがっていたのか、その宗教のどのような汚れを身につけてしまったのかをつぶさに見つめ反省することは、とても重要です。そして過去の過ちを償う行為が必要になると思います。

 これは会社でもそうです。どの会社にも固有の価値観や行動原理があるものです。たとえば成果次第で高収益になるような営業会社の場合、顧客の利益にはならないことを知りながら、平気でうそをついたり、過大な宣伝をして商品を売る場合もあります。その場合、その会社には、相手を騙すことを正当化するような論理があるのが普通です。生活のためとはいえ、それを自分の価値観や行動原理の一部として取り入れてしまうと、毒水を飲み続けることになります。やはりきちんと過去を反省し、どこがなぜ間違っていたのか。それに染まったのはどうしてなのか。自分のどこを変えるべきなのか。それを振り返って、修正作業をする必要があります。

 
2.抑圧した思いに憑依される

 その時に、一番必要なのは潔(いさぎよ)さだと思います。これは自分だ、確かに自分はこれをした、そしてそれは人を傷つけたり、自分を堕落させる行為や思いだったと認めることです。そういうことをした自分を、それも自分だと受け入れることです。

私はこれは勇気がいることだと思います。それは自分の罪を潔く認め、これが私ですと告白して認める勇気です。潔く認めることができないと、その思いが潜在意識に抑圧されてしまうために、意識によって統御できなくなるのです。

 たとえば不倫をしてしまった場合、その奥に激しい性欲があり渇愛があることを潔く認めれば、それの修正が可能ですし、欲望のコントロールも可能です。でも一切認めない場合は、修正もコントロールもできなくなります。無いものは修正もコントロールもできないからです。

ところが、意識で否定したといっても、欲望のエネルギーが潜在意識に押し込まれて溜まってくるので、ある瞬間にそのエネルギーが意識に躍り出て、意識がそれに憑依されるという現象が起きます。自分には存在しないと言い聞かせて自己否定してきた欲望のエネルギーですから、意識では統御不可能です。結局それに憑依されたかのようになり、その欲望に支配されてゆくのです。

(次回に続く・種村)

<連絡先>
種村トランスパーソナル研究所
所長兼心理カウンセラー 種村修
電話090-8051-8198
メールアドレス:tanemura1956@gmail.com

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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
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彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…