スキップしてメイン コンテンツに移動

(投稿)「怒り」について・続



怒りの奥にある感情

怒りは「2次感情」であるといわれます。何かしらの感情がきっかけとなって、怒りという感情が湧いてくるということです。
 そのきっかけとなる感情というのは、不満であったり、不安であったり、あるいは恐怖心ということもあります。
 要するに、「怒り」という感情をコントロールするには、それのもとにある感情のコントロールが必要となるということです。
 ですから、「怒らないようにするにはどうすればよいか」ということで怒りの感情のみに焦点を合わせるのではなく、怒りの裏にある感情に注目することが、こうした問題を解決する手段となります。
 では、どうすればよろしいか。
 怒りは「自己防衛」の感情であるとも言われます。そうであるならば、その元にある感情も「自己防衛」から発生しているといえます。
「不安」の感情は、「恐怖心」から発生するものです。「恐怖心」こそが、「自己防衛」の感情そのものであるといえるでしょう。動物を観察するすればわかるとおり、動物たちは、「自己防衛」の塊そのものです。動物のみならず、人間についても、「自己防衛」から、「恐怖心」や「不安」を引き起こしているといえるといえます。
「不満」の感情についても、自分の存在を脅かされたことに対する「自己防衛」の働きによるものです。その「不満」がきっかけになって、「怒り」が発生するということは、容易にわかります。
 こうしてみると、「怒り」を引き起こす感情は、「自己防衛」的な感情が基にあるといえます。
それでは、「怒り」をなくしてしまうには、「自己防衛」をなくしてしまえばよいのか。という疑問に行き着きます。「怒り」が悪い感情であるならば、「自己防衛」は悪なのか?
自己防衛」という感情は、動物に特有に存在しているものです。ということは、この地球上に肉体を持って生まれることで、必然的に備わる本能といえます。当然、人間にも備わることになります。この世に「個」としての存在を得たとき、自分に与えられた「個」を維持するために、「自己防衛」本能というものがあるといえると思います。いわゆる「肉体的な感情」といえるでしょう。


二つの本能の間で

全く白紙の状態で、肉体を持って生まれた私達は、「本能」にしたがって生きることになります。基本的には、「本能」から出てくるところの「欲求」を主体とした生き方をします。そして、生きていく過程で、教育等を通じて学び、各人各様の生き方をしていきます。

 マズローの欲求段階説にあるとおり、人間の欲求には段階があります。欲求は本能がベースとなって成り立っているという考えに立つならば、人間の本能は、生まれる時に得た「自己防衛」本能によって、自己の欲求を満たしていくものと言えます

マズローの欲求段階説の最上階は「自己超越」の段階です。「自己超越」の段階を見る限り、いわゆる「自己防衛」本能とは無縁のものであることがわかります。自分は「個」として存在するのではなく、「全体を構成する一部」としての存在であることを自覚する段階、つまり「個」という意識を離れた段階であるといえると思います。「個」を離れることによって、自分を守ろうとする意識が希薄になり「自己防衛」本能からも解放されるのではないかと推測されます。自分を縛っていた鎖から解放され、自由な境地に達することができた、といえましょう。
 よって、マズローの欲求段階説は、動物的な本能に支配された境地から、本来人間が持っている本能へと昇華する過程での段階であるといえるのではないでしょうか。そう考えてみると、本来人間が持っている「人間的な本能」(動物的本能と対比するため、あえて「本能」と呼びます)が、この世に肉体として生まれる過程において、動物的な本能に覆われた状態となっている。それが、この世に生きる過程において、徐々に本来の「人間的な本能」が目覚めてくる。そして、肉体的本能」と本来ある「人間的な本能」が介在する中で生きているのが、この世に肉体を持った私達であるといえるでしょう。
 この世で生きていくには、「自己防衛」本能というのは必要であるのかもしれません。しかしながら、本来の「人間的な本能」に目覚め、本来ある「人間的な本能」に忠実に生きていくということが大切であり、過去の偉人の教えの使命も、そのためにあったといえるのではないでしょうか。
 これらのことを踏まえて、怒りを乗り越えるための考察を、さらに進めていきたいと思います。(大)

コメント

このブログの人気の投稿

境界性パーソナリティ障害1…愛情飢餓の苦しみを抱えて

1.決して珍しくない症状



境界性パーソナリティ障害は、最近増えつつあるのですが、対人関係が難しいという特徴があるので、大変厄介です。リストカットを繰り返したり、自殺の企てを何度もしたり、摂食障害で拒食症や過食症に悩んだり、家庭内での親への暴力、援助交際などの性的逸脱などなど、こうした激しい行動の背景には、往々にして境界性パーソナリティ障害が潜んでいます。これに薬物への依存が加わることもあります。
そのために境界性パーソナリティ障害では、本人の苦しみが激しいだけでなく、家族やその周囲の人が振り回されてへとへとになっていくことが少なくありません。


特に境界性パーソナリティ障害への対応で難しいのは、通常の場合、その人を熱心に支えようとすればするほど、症状が悪化していくことです。親身に支えてくれる人に対して、どんどん要求をエスカレートさせたり、攻撃的で衝動的になったり、自殺の企てを繰り返すことも少なくありません。そのために親身になって支援しようとした人自身が傷つくことも多いのです。
アメリカではこの障害を持つ人は全人口の2パーセントもあり、さらに精神科外来患者の11%、入院患者では19%が境界性パーソナリティ障害の要素を持っていると言います。日本もそれに近づいてきているといわれています。



青年期に発症することが多いので、若い人の間では境界性パーソナリティ障害を持つ人は、大幅に割合が増えることになります。なかでも女性に多くみられ、80%をしめます。男性も20%を占めていて、性差がなくなっている現在では、男性が発症するケースも増える傾向があるようです。

2.見捨てられ不安と愛情飢餓

境界性パーソナリティ障害を持つ人は感情がとても不安定です。

たとえば、片時も離れたくないほどの恋人だったはずなのに、突然鬼のような怖い顔になり怒りまくる。たんなるお友達のはずなのに、夜中まで突き合せておきながら、翌日はがらっと態度が変わり激しく罵倒する、などなど・・・。

こうした極端に不安定な気持ちや言動の元にあるのは「相手に見捨てられるかもしれない」という不安です。しかも、その「不安」は、本人が思いこんでいるだけで、相手にしてみれば全く心当たりがない場合がほとんどです。そのため何を怒っているのか、見当がつきません。

境界性パーソナリティ障害の人は、大変深刻な「見捨てられ不安」をもっているのです。そのために、ささいな…

境界性パーソナリティ障害7…特徴(4)怒りのブレーキが効かない

①感情がコントロールできない

境界性パーソナリティ障害の人も私たちも、もっている感情に違いはありません。ただ違うのは、私たちより「物事を強烈に感じ、より激しい形で反応し、自分自身の感情や行動をうまくコントロールできない」ということです。
境界性パーソナリティ障害の人の怒りは激しく、予測不可能で、筋道を立てて話をしても抑えることができません。大雨の後の鉄砲水や地震や、晴れた日の雷のようなものです。現れるのと同じように、消えるのも突然です。

もう聞いているしかないほど怒りの激流となるので、相手をする人は疲れ果てて行きます。仕方がないから感情をなだめるために、境界性パーソナリティ障害の人の言うままになってコントロールされている家族があります。これは非常に多くあるケースです。この場合、家族の心の中には、出すことのできない怒りが蓄積されていくので、家庭の中の空気が非常に冷たくとげとげしいものとなりがちです。もっとも、境界性パーソナリティ障害の人の中には、自分の怒りを全く表現することができないという正反対の問題を抱えている人もいます。怒りがないのではなく、「少しでも怒りを表したらコントロールを失ってしまうとか、わずかな怒りでもそれを向けた相手が仕返しをするのではないかという恐怖心を抱いている」からです。怒りのブレーキが壊れているという感覚では共通しています。

通常このタイプの人は、怒りだけでなく、あらゆる感情が激しくて、それを抑えるブレーキが壊れているように感じています。それは彼らが痛みに対して、非常に過敏な心を持っているからです。ある専門家はこれを、全身の9割に重度の熱傷(やけど)を受けているような状態だといいます。「感情という皮膚がなく、わずかに触れたり、動いたりするだけでも、彼らは苦痛に悶えるのです」。ですから制御できなくて激しい反応が起きてしまうのです。
この敏感さは、境界性パーソナリティ障害の人が、潜在意識と同通しやすいこととも密接にかかわっています。鈍感な人であれば感じないので平気なことでも、潜在意識と同通して敏感な人にとっては、拷問なような苦しみを感じることがあるのです。心がむき出しになっていて、小さな刺激にも過敏に反応するのです。このタイプの人が、激しい猫舌であることも、しばしば見かけます。感覚も過敏であることが少なくないように思います。

②怒りの奥にある生き残り戦略…

境界性パーソナリティ障害2…主な特徴と種類

①極端な気分、感情のブレが特徴

境界性パーソナリティ障害を抱えた子どもやパートナーと一緒に生活すると、次のような経験をすることがあります。
・何のことはないごく些細な言葉で、さっきまで楽しくしていたのが、急に怒りだして手がつけられなくなる。
・少し言い過ぎた言葉、その一言でむきになり、家を飛び出してしまう。時には自殺企図へと走ったりする。
・一言注意されると、もう怒りが爆発して、手が付けられないほど暴れまる。
・冗談で言った言葉にすら、深く傷つき思いつめてふさぎ込む。
・何気ない動作が、愛情の希薄さだと責められて、唖然としてショックを受ける。
子どもやパートナーがこうした反応を繰り返すと、家族はしだいに腫れ物に触るように、顔色を常に窺いながら、機嫌を損ねるのを恐れながら暮らすようになっていきがちです。薄氷を踏むような危うさ――。家族は言いたいことを言えず、常に自分を抑えて暮らします。
こうして家族はその人に支配されているような状態に陥り、息苦しさを感じます。もちろん、ご本人にはそうした意図はありません。ご本人はどうしようもない感情・気分のブレに苦しんでいるのですが、結果的には周囲を支配しているのと変わらない状況が生まれがちです。

境界性パーソナリティ障害は、感情や気分、行動の変化があまりにも激しいという特徴があります。しかも変動の幅が大きすぎ、まったく正反対の方向へぶれたりします。
飛行機の操縦かんを動かし過ぎると、機体は激しく振動し、上下にもブレを繰り返すといいますが、同じことが心の操縦かんで起きているのです。
アメリカで作成された「DSM―Ⅳ 精神疾患の分類と診断の手引き」を見ると、境界性パーソナリティ障害の診断基準として次のような項目があります。

「顕著な気分反応性による感情不安定性」・・・(例)通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな、エピソード的に起こる強い深い気分、いらだたしさ、または不安。
「不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難」・・・(例)しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いの喧嘩を繰り返す。