スキップしてメイン コンテンツに移動

(投稿)老子に想う②



老子の思想の中核

老子については、81編の詩句からなる『老子道徳経』があるのみです。

『老子道徳経』の中にある「道(タオ)」「無為自然」については、読む人々によって受け取り方はさまざまです。

人生を生きるための処世訓、もしくは国を治めるための治世訓として、短い詩句ではありますが、確かにこの詩句は多くの人々への救いの書として現在まで語り継がれてきました。
 

しかしながら、この中に書かれている言葉は、まさに「宇宙の叡智」ともいえるものです。

老子の思想の中核をなすものは、「道(タオ)」という思想です。この「道(タオ)」なるものは、私の理解が正しければ、「万物の元の元」「無から有を生み出すもの」であるとされています。ゆえに、「道(タオ)」を受け入れ、「道(タオ)」の流れるままに生きることが、最も自然に適った生き方である。ということです。
 

宇宙の叡智

「道(タオ)」なるものは、宇宙を創造された根本なるもの、ゆえに「宇宙の叡智」そのものであるといえるでしょう

老子といわれる方は、自然の中に囲まれながら、自らの内に、宇宙の根源につながるものを発見されたのでしょう。

 そして、「無から有を生み出している」根源なる存在から流れ出でている「叡智ともいえるエネルギーの大河」を感じることができたのだと思います。

この大いなる「叡智」こそ、まさしく万物を生かしめている根源なるエネルギー。人間の知恵なんて、この大いなる存在と比べてみれば、大いなる海原の中からすくったコップ一杯の水程度にしかすぎないかもしれない。この大いなる「叡智」を受け入れ、この「叡智」の中に生きていく道こそ、人間として最も価値のある生き方である。人間の愚かさは、この「叡智」を知らず、自ら作った小さく小ざかしい「知恵」の中にいきていることにある。そしてこの「知恵」こそ万能であると誤解し、「知恵」の優劣や、所有物の大小で価値を決めようとする。

しかし、この「大いなる叡智の大河」を知ったならば、このようなものは比較にならないほど価値のないものである。悲しいかな、愚かなる人間の「知恵」よ・・。

そして、この「大いなる叡智の大河」を「道(タオ)」と称し、大いなる叡智に気づき、受け入れ、その流れの中に生きていくことの大切を説かれたのでしょう。
その枝葉なるものが、「あるがままに生きることの大切さ」や「治世訓」として『道徳経』の中で展開されていったものであろうかと思います。


心で感じ取る
この「大いなる叡智」というものは、頭で理解することはできても、「感じ取る」ことができなければ、本当の意味で理解し得たとはいえません。

『道徳経』の中に書かれているような生き方を実践することで、「道(タオ)」と呼ばれる「大いなる叡智の大河」を感じ取ることができるのではないでしょうか。


老子は、自らが感じつかんだ「大いなる叡智の大河」に人々を導く方法論として、『道徳経』を世に残したという気がしてなりません。
 頭で理解しようとするな。心で感じよ。自らの内を深く見つめていったときに、そこには必ず「大いなる叡智」につながっていく道があらわれてくるのだ。それを一人一人がつかんでほしい。人間の作った小さな知恵にとらわれず、大いなる「道(タオ)」につながっていくのだ。「道(タオ)」はまさしく神から流れてきた叡智そのもの。神そのものといっていい。「道(タオ)」を知る者、それは神を知る者と言えよう。「道(タオ)」の中に生きる者は、まさしく神と共に生きる者であるのだ。
そう、老子は『道徳経』を通して後世の人々に語りかけているように感じられるのです。
自然もまた、私たちに語りかけます。
あるがままでいいんだよ。」
自然は、私たちよりもはるかに、「大いなる叡智」の存在を感じ取っているのかもしれません。(大)

<連絡先>
種村トランスパーソナル研究所
所長兼心理カウンセラー 種村修
電話090-8051-8198
メールアドレス:tanemura1956@gmail.com
 

コメント

このブログの人気の投稿

境界性パーソナリティ障害1…愛情飢餓の苦しみを抱えて

1.決して珍しくない症状



境界性パーソナリティ障害は、最近増えつつあるのですが、対人関係が難しいという特徴があるので、大変厄介です。 リストカットを繰り返したり、自殺の企てを何度もしたり、摂食障害で拒食症や過食症に悩んだり、家庭内での親への暴力、援助交際などの性的逸脱などなど、こうした激しい行動の背景には、往々にして境界性パーソナリティ障害が潜んでいます。これに薬物への依存が加わることもあります。
そのために境界性パーソナリティ障害では、本人の苦しみが激しいだけでなく、家族やその周囲の人が振り回されてへとへとになっていくことが少なくありません。


特に境界性パーソナリティ障害への対応で難しいのは、通常の場合、その人を熱心に支えようとすればするほど、症状が悪化していくことです。親身に支えてくれる人に対して、どんどん要求をエスカレートさせたり、攻撃的で衝動的になったり、自殺の企てを繰り返すことも少なくありません。そのために親身になって支援しようとした人自身が傷つくことも多いのです。
アメリカではこの障害を持つ人は全人口の2パーセントもあり、さらに精神科外来患者の11%、入院患者では19%が境界性パーソナリティ障害の要素を持っていると言います。日本もそれに近づいてきているといわれています。



青年期に発症することが多いので、若い人の間では境界性パーソナリティ障害を持つ人は、大幅に割合が増えることになります。なかでも女性に多くみられ、80%をしめます。男性も20%を占めていて、性差がなくなっている現在では、男性が発症するケースも増える傾向があるようです。

2.見捨てられ不安と愛情飢餓

境界性パーソナリティ障害を持つ人は感情がとても不安定です。

たとえば、片時も離れたくないほどの恋人だったはずなのに、突然鬼のような怖い顔になり怒りまくる。たんなるお友達のはずなのに、夜中まで突き合せておきながら、翌日はがらっと態度が変わり激しく罵倒する、などなど・・・。

こうした極端に不安定な気持ちや言動の元にあるのは「相手に見捨てられるかもしれない」という不安です。しかも、その「不安」は、本人が思いこんでいるだけで、相手にしてみれば全く心当たりがない場合がほとんどです。そのため何を怒っているのか、見当がつきません。

境界性パーソナリティ障害の人は、大変深刻な「見捨てられ不安」をもっているのです。そのために、ささいな…

境界性パーソナリティ障害7…特徴(4)怒りのブレーキが効かない

①感情がコントロールできない

境界性パーソナリティ障害の人も私たちも、もっている感情に違いはありません。ただ違うのは、私たちより「物事を強烈に感じ、より激しい形で反応し、自分自身の感情や行動をうまくコントロールできない」ということです。
境界性パーソナリティ障害の人の怒りは激しく、予測不可能で、筋道を立てて話をしても抑えることができません。大雨の後の鉄砲水や地震や、晴れた日の雷のようなものです。現れるのと同じように、消えるのも突然です。

もう聞いているしかないほど怒りの激流となるので、相手をする人は疲れ果てて行きます。仕方がないから感情をなだめるために、境界性パーソナリティ障害の人の言うままになってコントロールされている家族があります。これは非常に多くあるケースです。この場合、家族の心の中には、出すことのできない怒りが蓄積されていくので、家庭の中の空気が非常に冷たくとげとげしいものとなりがちです。 もっとも、境界性パーソナリティ障害の人の中には、自分の怒りを全く表現することができないという正反対の問題を抱えている人もいます。怒りがないのではなく、「少しでも怒りを表したらコントロールを失ってしまうとか、わずかな怒りでもそれを向けた相手が仕返しをするのではないかという恐怖心を抱いている」からです。怒りのブレーキが壊れているという感覚では共通しています。

通常このタイプの人は、怒りだけでなく、あらゆる感情が激しくて、それを抑えるブレーキが壊れているように感じています。それは彼らが痛みに対して、非常に過敏な心を持っているからです。ある専門家はこれを、全身の9割に重度の熱傷(やけど)を受けているような状態だといいます。「感情という皮膚がなく、わずかに触れたり、動いたりするだけでも、彼らは苦痛に悶えるのです」。ですから制御できなくて激しい反応が起きてしまうのです。
この敏感さは、境界性パーソナリティ障害の人が、潜在意識と同通しやすいこととも密接にかかわっています。鈍感な人であれば感じないので平気なことでも、潜在意識と同通して敏感な人にとっては、拷問なような苦しみを感じることがあるのです。心がむき出しになっていて、小さな刺激にも過敏に反応するのです。このタイプの人が、激しい猫舌であることも、しばしば見かけます。感覚も過敏であることが少なくないように思います。

②怒りの奥にある生き残り戦略…

境界性パーソナリティ障害5…特徴(2)対人関係の不安定さ

①理想化とこき下ろし

境界性パーソナリティ障害の二番目の特徴は、人間関係が不安定で変動が激しいことです。
「理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人関係」というパターンがあるのです。


理想化」というのは、「最高だ!」「こんな人に出遭えたのは初めて!」と感じて、相手を理想の人だと思いこむことです。


境界性パーソナリティ障害を持つ人は、自分を支えてくれ、愛情飢餓を癒してくれる人を常に求めています。ですから、これはという人物に巡りあえると、急速に相手に対する期待が高まります。そして「この人こそ、自分が求めていた人だ!」その思いが膨らむと、極度に理想化したり、万能な存在であるように思いこみやすいのです。

このタイプの人は、心の深いところで母親や父親の代理を相手に求めています。ですからその欲求を満たしてくれる人に出会うと、どんどん依存を深めていきます。

さらに境界性パーソナリティ障害をもつこのタイプの人は往々にして恋愛感情に入っていきやすいので、理想の相手に見えて恋心に火がつくことも少なくありません。しかし、これはこの人の中にある理想の父親もしくは母親の投影として、理想の恋人に見えているのであって、本当の恋心とはいえません。


もし恋人関係になったとしても、この関係は長続きしません。どこかで相手が支えきれなくなるからです。相手がその人のもつ過大な期待にしり込みしたり、あるいはもう飽き飽きしたという態度を取ると、境界性パーソナリティ障害の人は「見捨てられるのではないかという不安」に捉われます。
そこで必死にしがみつこうとしたり、相手の気を引く行動をとります。

それでもさらに相手が引くそぶりを見せると、激しい失望を感じて、「裏切られた!」と怒りを感じます。そうすると、今度は相手が攻撃の対象になりかねません。


些細なきっかけで、その人の何らかの要求が満たされないと、評価が180度逆転して、罵詈雑言を浴びせることもありがちです。そして「最低!」「信じて損した」「私の時間を返してよ」という具合に、激しい言葉を浴びせるのです。言葉だけでなく、行為で迷惑をかけることもあり、相手は翻弄されていくことになります。
②アンビバレント(両価的)な感情
このタイプの人を理解する鍵は、「アンビバレント(両価的)」な感情にあります。