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罪悪感について(2)


相手にも選択の自由があった

 もし自分を縁としてその方に苦しい人生が降りかかったとしても、その人もそれを選択した事実は残ります。あなたがそうしなくても、その人はやはりその道に進んだかもしれません。避けられない運命というものはそういうものです。そこを通らねばならないという魂の計画があった場合には、どうしてもそこを通るのです。そしてそこを通らずしてはつかめないものをつかもうとするのです。そういう魂の人生計画もあるので、相手のために自分を罰し続けるのはどうかと思います。その人の選択の自由と、それを通して学び取る自由に対して、失礼に当たるからです。

 またもし罪悪感を持つあなたが、再びその迷惑をかけた人に出会ったときに、あなたが罪悪感で不幸であったり病気や貧乏で苦しんでいたら、その人を救えないのではないでしょうか。その人のために何かをしてあげることができるためには、あなたは余裕がなければならないはずです。だから、そういうあなただからこそ、反省して軌道修正をしたならば、その軌道は幸福へと向かう道を選択せねばならないと思うのです。間違っても自分を駄目にする方向へと進んではなりません。

 
懺悔の告白

 罪悪感の苦しみを取り除くためには、あなたが最も信頼できる人、もしくは専門の心理カウンセラーに罪の告白をしてください。罪は隠している間は、消えません。

真実を隠し、罪を隠すためには、嘘をつき、また罪を重ねるようなことをしてしまうのが普通です。罪は人に告白してはじめて消えます。それにより罪の重荷を降ろせるのです。告白を聞いてもらい、受け入れてもらい、そうせざるを得なかった状況や心理を理解してもらうことで、あなたは安らぎを得るでしょう。その時に、許された感覚を持てるに違いありません。

その経験から何を学び取ったのかが、一番大事です。そして、しっかり反省できたならば、軌道修正をして、新たな幸福に向かって歩みだすことです。それこそが、真の懺悔です。

 あなたが幸福への道を歩んでいくと、あなたに関係した人は、安心します。安心して、「よかった」と思います。あなたの不幸を、自分の責任だと思う人が、必ず周りにはいます。あの世の両親や兄弟も同じことです。だから、あなたが罪悪感で苦しみ、つらい人生を歩むとき、あなたをそうさせていることへの罪悪感を感じて苦しんでいる人もいることに思いをはせてください。そしてあなたがまず幸福になろうと決意して前を向いて歩きだすときに、それによって喜びを感じる人は必ずいることを知ってください。(種)

 

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自己特別視と依存の心理

自分を特別視して肥大した自我を持つ人には、しばしば依存心が見られます。
プライドが高く自分は特別にすごい人間だと、内心思っているのに、世間で通用するような実績や成果が出ないで屈折する人がいます。 素質を持ちながらも、この人の心理の奥に依存心が潜んでいて、それがその人の努力と成長を妨げているのです。
よくあるケースとして、生育過程でその人が親や祖父母から特別扱いをされ、それゆえに自己特別視と依存の心理が育ってしまう場合です。
ある男性の家系では、3~4代前のご先祖の当主が自殺したそうです。それまで栄えていた家は、そこから暗転し、それ以降は、家系には男子が恵まれず、産まれても育たずに早死にし、女性によって細々と血筋が守られてきました。 その男性は、この家系にようやく生まれ育った待望の男児でありました。 ですから、祖父母やご両親の愛情と期待を一身に受けながら、特別な存在として大切に育てらたのです。 この男性にとっては、自分は特別な存在であるということは周囲から植えつけられた、空気のように当たり前の固定観念でした。そして非常に大事にされて育ったので、自分は特別な存在だから愛される、愛されて当然の存在だという気持ちも無意識に育っていたのです。それは依存心につながるものでした。
こうした特殊事情がなくても、普通に長男としてその家に生まれ、祖父母が特別長男をかわいがる場合、よく似た現象が見られることがあります。
長男として生まれた男児を、祖父母が特別愛情を注ぎ、何でも先回りして世話を焼き、母親も同じように手をかけて息子を育てた場合に、それが生じます。
本人は、自分は特別であるという自己特別視を持っており、自分の価値基準に反する学友を蔑視しがちです。無条件に大切にされてきたので、愛されるのが当たり前だという気持ちがあり、人の感情に対して無神経になります。その結果、積極的に自分から人に関わるコミュニケーション能力が育たず、孤独で孤立しています。
彼には親や祖父母への依存心が根っ子にあるので、無意識に誰かが何とかしてくれるという気持ちがあり、自立してゆくための気力や努力が乏しくなります。「自分は特別だから愛され大切にされて当然だ」という思い込みがあるので、感謝の薄い、傲慢な人間になりやすいのです。また努力が乏しく、人の世話になることに平気です。
こうして「自分は特別の人間だ」という思い込みが、「肥大した自我…