スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

12月, 2013の投稿を表示しています

恐怖心と依存心

勇気の影
 勇気を必要とする仕事につき、幾度も勇気を奮い起こして人生のさまざまな局面を闘ってきた人は、通常は恐怖心を潜在意識に抑圧しています。勇気ある行動こそがその方の特徴であるならば、恐怖心は「影」になり、普段は抑圧・封印されています。
 しかし、恐怖心を抑圧して意識できなくなると、そこに別の問題が出てきます。恐怖心は自分を護るという感情を伴います。自分を護ろうとするからこそ、慎重で、危険に対しては智慧を振り絞って対策を立てます。恐怖心が意識できないと、そうした心の機能が低下します。
伊藤博文はじめ、維新の元勲たちが外交を取り仕切っていた時期に、日本が勝利してこれたのは、彼らの列強に対する恐怖心が正しく機能し、それが慎重さや智慧として発揮され、断行の勇気を下支えしていたからだと思います。ところが、自分たちが一等国で強いと己惚れた時、必要な恐怖心が正常な形で機能しなくなり、蛮勇が生まれ危険な方向へと国を導いたのではないでしょうか。
ネズミの個性
ネズミは臆病な動物だと思います。人の中にもネズミ的な性格がある方は、恐怖心が非常に強いようです。でもその恐怖心があることで、金銭感覚が発達し、未来への備えをきちんと残すことにつながります。未来への備えができない人には、恐怖心が欠落しているケースがあるように思います。
恐怖心が欠けていると、勇気は無謀な蛮勇になりやすく、未来への堅実な備えができません。すると経済や人生の不調の波が来た時に、自分を支えることができず、誰かに依存せざるを得なくなります。
宗教的な人の中には、神様が何とかしてくれると信じて、未来への備えを考えずに高額の布施してしまう人がいます。信仰が恐怖心を抑えているのですが、実際に不景気の波が来ると、どうにもならなくなることがあります。そういう時は、家族や知人などに頼らざるを得なくなります。つまり依存です。
要するに、恐怖心の機能が正しく働かないことで依存が発生するのです。眼に見えないものの助けに依存して勇気あるようにふるまったのが、実は慎重さと智慧を欠いた行動だったことに、その時に気がつくのです。
自立に必要なもの
 こう考えると、自立というのは恐怖心を自覚しながら、それを自分がコントロールできるということではないでしょうか。危険を未然に感じ取って、そのリスクを回避するために、備えができる人が自立できる人なのです。
それができないと…

自分がかわいそうという心(2)

4.経験には意味がある

 第三番目に、経験の再統合の段階に入ります。自分の苦しみを語っていくと、「なぜそういう経験をしたのか」、その意味を問いかけるようになります。これが非常に大切です。大きな、あるいは深刻な経験には、必ず意味があります。「何か大切なことを学ぶ為にそういう経験をしたのだ」と、そう考えるのです。そうすると、人や神や人生を恨むことがなくなり、経験をギフトと考えるようになります。人生の贈り物として、その経験を受け入れるのです。
こうしてその「経験の意味」を学び終えたときは、自分の人生を受け入れることができます。自己受容ができるのです。自分を愛せるようになるのです。これが再統合と言われる段階です。苦しい経験を自分の人生の中にきちんと位置付け、心の成長にとっては必要なものだったと認められる段階です。
 これには智慧の働きが必要です。その智慧は洞察力とも呼ばれます。それはその人の深層潜在意識やさらにその奥の超越潜在意識からもたらされます。インスピレーションとか気づきと言われるものです。よきカウンセラーはそうした導きを受けやすい心の状態へと誘導してくれるものです。
5.より愛深くなるために
 ある方が言われました。「私は世間的に見れば愛されないで育ちました。でも親が反面教師となってさまざまなことを教えてくださっていたことに、ある時気付けたのです。私は、拒絶され言葉の暴力を受け続けて、時には肉体の暴力も受けてそだちました。でもそれでも私は愛されて人生を生きてこれたことに気が付けました。自分は愛を与えられていることに気付くこと、それが私の経験の意味だと思います。」
 この方は、常に悩み続けて成長されました。どうして自分はこういう目に遭うのかを考え抜かないと、生きていくことができなかったといいます。その結果、一種の宗教的な洞察を持たれたようです。この方は言われました。
「すべては心が成長していくためにある経験だと思います。そしてその中でどれだけ愛を発揮できるか、愛深くなれるかを学ばされているのだと思います。どんな経験をしても、そこからより愛深くなることが、人生の目的だと思うのです。」
 私はこの方のお話に感銘を受けました。一人でそこまでたどり着かれたことに、感動と敬意を覚えました。そして「あなたがたどり着いたのと同じ人生観を世界的に有名なキュブラー・ロスという精神科医が書いています。…

自分がかわいそうという心(1)

1.DV被害の心の傷


 私の元へ、さまざまな方からのご相談をいただきますが、最近増えてきたのがDV(ドメステック・バイオレンス)を受けてきた方からのご相談です。DVは近親者からの言葉や肉体を使っての暴力、虐待ですが、その中には性的虐待も含まれます。
 なんらかのDVを受けてきた人は、やはり女性に多いのですが、この人々は心の奥にいつも愛されない自分を抱えて傷ついています。近親者から愛されないので、自分に自信が持てないし、自分を罪悪視している人も少なくありません。さらに、愛を求めるときに、過剰に求めすぎて人間関係を損ないがちですし、本当に信頼できるかどうかという不安を抱えているので、不安な兆候を感じるとさっとひいてしまいがちです。自分を害されないかどうかに非常に敏感なのです。そうしたことが積み重なって、孤独に陥りやすいのです。
 ある女性は、「猫が自分の毛をなめているみたいに、私も自分の傷をなめてあげているのが好き。誰もそうしてくれないから。私寂しいんだ。孤独をすごく感じる。一人ぼっち。だから私は自分で自分をなめているの。猫みたいでしょ。」と言われました。とても切ない告白でした。
 「誰にも愛されない自分」という心の傷を抱えた方はどうすればいいのでしょうか。この問題を考えてみたいと思います。
2.愛されない苦しみ
愛されないという経験は非常にその人を傷つける経験です。子どもであれば母親に愛されたくて、また父親に愛されようとして、本当に努力するのです。生き延びるすべが他にないということも事実ですが、それ以前に子供は親の愛を求め、親の愛を得て心も体も育つのです。スキンシップがなくて育児放棄された幼児は、肉体や知能も成長が遅れます。免疫力も低下して病気にかかりやすくなります。生きる力が弱るのです。
DV、虐待というのは、親などの近親者から「自分を拒否された経験」です。しかも、「拒否されるのは自分が悪い子供だからだ」という罪悪感を子供の心に育ててしまいます。
 親によっては、女の子ができたことを喜ばない人もいます。その場合は、女性であることを否定して生きるので、男性的な性格になったり男性的に振る舞ったりするようになります。この場合、女性である自分を愛せないのは、女性としての自分を親に喜んでもらえなかったことに原因があるのです。これも自己否定の一種です。
 つまり、DVを受け、必要な愛を与えられ…

トラウマを癒す(2)

解放(吐き出し)
 解凍された体験は、恐怖、不安、怒り、恥辱、無力感など、さまざまなネガティブな感情をよみがえらせます。感情を伴った強烈なイメージが湧いてくることもあります。フラッシュバックと言われるものです。それがあまりにも圧倒的なものだったので、自我を守るために凍りつかせて潜在意識に抑圧・封印しておいたのです。それを解凍して再体験するのですから、心で味わうだけでは自我が守れなくなる恐れがあり、再び凍りつかせてしまうかもしれません。そこで外に向かって解き放つ必要が出てきます。それは封じ込められていたさまざまな感情、感覚、イメージを外に表現して、解き放つことです。これが「解放」の段階です。これは潜在意識の中にあるマイナスのエネルギーを、外に吐き出すことを意味します。解放のための表現は、言葉や絵や体の動きなど、どんな表現でも構いません。こうすることで、次第に心はその事実を受け入れることが可能になってきます。
再統合

 解凍という名の再体験と、解放という名の吐き出しの次に必要なのが、3つ目の「再統合」です。再統合とは、トラウマとなった体験を意識の中に取戻し、それを自己の中に再度組み込んで構造化しなおすことをいいます。トラウマとなった体験は、非常に苦痛であると同時に、ある意味では自分にとって重要な意味を持つ体験です。それがトラウマであり続ける限り、その重要な体験を排除した形で自分というものが存在することになります。従って、トラウマが解凍され、意識に戻ってきた段階で、その体験を自分の中に再統合しなければならないのです。再統合とは、「トラウマとなった出来事を自分の歴史の適切な部分に位置づけようとすること」、言い替えると「トラウマとなった体験を自分の過去の物語とすること」です。この段階で、トラウマとなった体験が自己受容でき、どんな意味がその体験にあったのかを振り返ることができると、そこから何を学ぶのかが見えてきます。


 最後に、本当の意味で自分を愛することができるには、どうしてもトラウマを癒すことが必要であると申し上げておきたいと思います。(種) (トラウマに関する参考文献は久留一郎著『PTSD』駿河台出版社をお勧めします。)
<連絡先>
種村トランスパーソナル研究所(心理カウンセラー種村修)
携帯:090-8051-8198
メール:tanemura1956@gmail.com

トラウマを癒す(1)

今世と過去世の心の傷
トラウマ心的外傷とか心の傷とも呼ばれます。その人にとっての深刻な衝撃となる経験をした場合、それが心の傷となって残ります。これが原因でストレス障害が生じることも少なくありません。心的外傷後ストレス障害はPTSDと呼ばれています。
 大震災や虐待などがない普通の生活を送ってきた人でも、カウンセリングをしていくと、心の傷に起因すると思われる深刻なストレスを抱えている方は少なくないことに気づきました。ある方は、無性に闇が怖くなることがあり、その場合孤独で死んでいくイメージが出てきて怖くて怖くて、それが収まるまで夜中でも知り合いに電話して長話せざるを得ない人もいます。またあるコンサルタントの方は、お客様に会うたびに、もしこの人が自分と縁を持つことで不幸になったらどうしようという思いが湧いてきて、それが何故かわからないといいます。
 こうした場合は、生まれてからの生活史にその原因が見当たりません。その場合は、過去世でのトラウマ体験があったと仮定せざるを得なくなります。過去世のトラウマは、深層潜在意識に蓄積されています。これに対して今世で起きたトラウマは個人的潜在意識に蓄積されています。そうしたつらい体験は、通常は思い出すのがつらいので、潜在意識に抑圧され、封印されていることも少なくありません。
今世のトラウマでも過去世のものでも、それを癒す方法は、ほとんど同じで、3つの段階を経ることになります。

解凍(再体験)

トラウマとは瞬間冷凍された体験です。そして瞬間冷凍されているがゆえに、心はその体験を過去のものとすることができず、いつまでも「新鮮」なままで抱えることになります。いわば「現在に生き続ける過去」として、その人のさまざまな心理的な機能に影響を与え続けているのです。トラウマを癒すということは、その凍りついた体験を解凍し、従来の認知的枠組みのなかに消化吸収していくことです。
そこで、トラウマを消化吸収していくプロセスには、解凍・解放・再統合という3つのプロセスを経ます。
解凍」とは、瞬間冷凍した体験を解凍するという意味です。凍りついたトラウマ(心の傷)を溶かして、それを心の中で再体験する必要があります。
瞬間冷凍した体験であるトラウマは、心が消化吸収できないで心の中に異物としてとどまった状態にあると考えられます。冷凍した異物は肉体でいえば腫瘍のようなもので、そのままで…

罪悪感について(2)

相手にも選択の自由があった

 もし自分を縁としてその方に苦しい人生が降りかかったとしても、その人もそれを選択した事実は残ります。あなたがそうしなくても、その人はやはりその道に進んだかもしれません。避けられない運命というものはそういうものです。そこを通らねばならないという魂の計画があった場合には、どうしてもそこを通るのです。そしてそこを通らずしてはつかめないものをつかもうとするのです。そういう魂の人生計画もあるので、相手のために自分を罰し続けるのはどうかと思います。その人の選択の自由と、それを通して学び取る自由に対して、失礼に当たるからです。
 またもし罪悪感を持つあなたが、再びその迷惑をかけた人に出会ったときに、あなたが罪悪感で不幸であったり病気や貧乏で苦しんでいたら、その人を救えないのではないでしょうか。その人のために何かをしてあげることができるためには、あなたは余裕がなければならないはずです。だから、そういうあなただからこそ、反省して軌道修正をしたならば、その軌道は幸福へと向かう道を選択せねばならないと思うのです。間違っても自分を駄目にする方向へと進んではなりません。
懺悔の告白
 罪悪感の苦しみを取り除くためには、あなたが最も信頼できる人、もしくは専門の心理カウンセラーに罪の告白をしてください。罪は隠している間は、消えません。
真実を隠し、罪を隠すためには、嘘をつき、また罪を重ねるようなことをしてしまうのが普通です。罪は人に告白してはじめて消えます。それにより罪の重荷を降ろせるのです。告白を聞いてもらい、受け入れてもらい、そうせざるを得なかった状況や心理を理解してもらうことで、あなたは安らぎを得るでしょう。その時に、許された感覚を持てるに違いありません。
その経験から何を学び取ったのかが、一番大事です。そして、しっかり反省できたならば、軌道修正をして、新たな幸福に向かって歩みだすことです。それこそが、真の懺悔です。
 あなたが幸福への道を歩んでいくと、あなたに関係した人は、安心します。安心して、「よかった」と思います。あなたの不幸を、自分の責任だと思う人が、必ず周りにはいます。あの世の両親や兄弟も同じことです。だから、あなたが罪悪感で苦しみ、つらい人生を歩むとき、あなたをそうさせていることへの罪悪感を感じて苦しんでいる人もいることに思いをはせてください。そしてあなたがまず…

罪悪感について(1)

罪悪感を抱え込む
 私たちは人生の中で、自分のあの言葉あの行動で人の人生を狂わせてしまった、不幸を選択させてしまったと思い、長く苦しむことがあります。私があの人を紹介したばっかりに、その人が不幸になってしまったと思い、罪悪感で苦しみ続けることもあります。また、私が気付いてあげなかったから、あの人が自殺してしまったと思って、長年にわたり自分を責め続けることもあります。
 こうした罪悪感の問題について、どう考えたらいいのでしょうか。それを考えてみたいと思います。
罪悪感の意味
罪悪感とは、罪を犯した時に感じる後悔と反省の想いです。罪悪感がない人間は、いくらでも罪を犯し続けます。ゆえに罪に対するブレーキの役割をしているのが罪悪感です。
 それが罪だと知らない時は、行なっても罪悪感は感じません。罪悪感を感じるのは、それが罪であったことに、誰かを不幸にしたということに気が付いた時です。自分のせいで誰かが苦しんだり、不幸になった場合に、申し訳なかったという思いとともに、自分に対する深い罪の意識が生じます。これは健全な心の働きであり、悪に染まることから人の心を護るものです。
 ところが罪悪感が、その人を必要以上に苦しめる場合があります。それは自分が自分のしたことを許せない場合に起きます。そして自分を罰し続けるのです。自分が「もういい」と自分を許せるまで、自己処罰をします。これは、単にその人の思い込みによっても、生じることです。自分が許せないと、どこまでも自分自身を傷つけ続けようとします。

自殺者の陰に
 日本では自殺件数が、このところずっと毎年3万件を超えてきました。実は自殺者の家族や関係者には、罪悪感に苦しむ人が大変多いのです。また子供を事故や病気で死なせた親も、罪悪感に苦しんでいます。これはぬぐいきれないものがあるようです。
しかし、亡くなったお子さんが、実はあの世で元気に生活している姿を知れば、そんなに苦しまなくてもよいのです。また自殺者の家族も、罪悪感から自分で自分を不幸にすることにより、かえって自殺者の罪を重くしてゆくことに気づかねばならないと思います。残された人が苦しみ続けると、それも自殺者の責任になり、自殺者はその分まで罪を背負わねばならなくなるのです。自責の想いが、あの世で増えてゆくからです。ゆえに、罪悪感を持つことが、かえって悪になることも少なくありません。
 罪を犯すことへのブ…

心の可能性②

自分を知るということ
 「顕在意識と潜在意識①」で述べたような心の構造を認めると、自分を知るという作業には、実は段階があることが分かります。知るという働きは、顕在意識で把握するということです。顕在意識が自分が考えていることを自覚するのも自分を知るですが、これは最も最初の段階です。
もっと深くなると、個人的潜在意識の想いをキャッチする意味での「自分を知る」があります。内臓や関節のある部位が痛むときに、その部位を司っている個人的潜在意識に焦点を合わせていくと、そこがどうして痛んでいるのかが分かることがあります。心や生活の不調和がどこかにあり、それに関わる身体の部位が痛むことで、不調和の解消を訴えかけてきているのです。

その体の訴えに耳を傾け、身体からのメッセージを補足するだけで症状が軽減することがあります。この場合、肉体の症状は体の声(実は個人的潜在意識の訴え)だったのです。その意味内容を聴いて改善してもらえれば、症状は役割を果たして不要になります。その結果、症状が消えるのです。
個人的潜在意識には抑圧とかコンプレックス(複合体)と呼ばれているものがあります。顕在意識が意識することを拒否している想いが集積して、いくつもの複合体を作っています。これは意識が抑圧して意識化できないようにした思いなので抑圧と呼ぶのです。広い意味でのコンプレックスがそれに含まれます。
個人的潜在意識との対話では、しばしば抑圧された想いが伝わってきます。通常それはネガティブなエネルギーとして伝わってきますが、心の病んだ部分のメッセージと考えてもいいと思います。自分が本当は何を悩んでいるのか、それが見えてきます。

また人によっては、個人的潜在意識の断片が、さまざまな断片化し、それぞれ人格を伴ったイメージとして湧いてくることがあります。子供だったり、包帯を巻いた姿の大人だったり、いろいろします。しかもそれぞれが自己主張を持っています。それに耳を傾けて深く理解することで、成長したり明るくなったりもします。心は実に不思議です。

男性には女性意識が、女性には男性意識が、一つの複合体として存在します。それはユングがアニマ、アニムスと呼んだものです。自分の夢に出てくる異性が、通常そうである可能性が高いのですが、その内なる異性とコンタクトをすることが、潜在意識との同通に大きな役割を果たします。深層潜在意識への導きとなることも…

心の可能性①

心の構造


私たち人間が通常の生活で自覚する意識を、顕在意識といいます。


これに対して、顕在意識で自覚できないけれど潜在的に働き顕在意識にも影響を与える心の働きを無意識、もしくは潜在意識といいます。


無意識という表現はフロイトやユング等が使った言い方で、意識化できにくい潜在的な心の働きのことです。ここでは通常は無意識のことを「潜在意識」と呼んでいます。


 潜在意識にはその深さによって、性質が大きく異なります。まず浅い潜在意識は、生まれてから今日までのすべての記憶抑圧した思いや感情、本能内臓等の意識が含まれています。これを個人的潜在意識と呼んでいます。この呼び方は、フロイトやユングがこの潜在意識の層を個人的無意識と呼び、心理学では一般化しているので、それに準じて「個人的潜在意識」という名称をつかっています。


 もっと深い層になると、過去世の記憶個性のエネルギーが蓄積された潜在意識があります。これを「深層潜在意識」と呼んでいます。過去世のトラウマなどはこの層にある「心の傷」です。スピリチャルな用語で「守護霊」といわれる場合は、深層潜在意識の一部がそれにあたるようです。この層も、深くなるほど古い過去の記憶が蓄積されています。


 さらにその奥には、個性を超えた「超越潜在意識」が存在します。本当の私とか、自己(セルフ)や仏性、神性といわれるものです。これには個性を持った側面と、個性を超えた普遍的な側面の両面があります。

 本来、超越潜在意識はあらゆる生命や物質を生み出し、それらをつないでいる根源的なエネルギーであると思いますが、それが個性化する部分が自己(セルフ)と言われているものです。


超越潜在意識の普遍的な側面が強く感じられるときには、それはワンネスといわれたりします。あらゆるものが一つにつながり、大調和していることを実感する意識状態がワンネスです。これに対して、超越潜在意識の個性を帯びた側面が「自己(セルフ)」です。


ユングは、意識(顕在意識)と無意識(潜在意識)を含めた心の中心を自己(セルフ)とよび、顕在意識(の中心)である自我と区別しました。この区別は非常に重要な意味を持っています。


ユングはこうした分類とは別に、個人的無意識の奥に集合的無意識(普遍的無意識とも呼びます)の世界が後代に広がっているといいました。これは臨床経験から観察され、うまれてきた概念ですが、これはスピリチュア…

心の傷を癒すために②・・・心の浄化

光は裁かない

 臨死体験者の体験を調べ、初めて「臨死体験」という概念を世界に発表したレイモンド・ムーディーという医学博士がいます。ムーディー博士はその著書の中で、多くの臨死体験者は、「光の存在」とともに人生を回想するが、その時に光の存在は決してその人を裁かないといいます。「光の存在」は、どんなに非道なことをしている自分であっても、そのシーンを見てもその人を裁かないで、「ここからきっとこの人は教訓を掴んでくれるだろう」という期待を込めて見てくれているというのです。その体験から学んでほしいという期待をもって、受け入れてくれると感じるのだそうです。
 先ほどのダニオン・ブリンクリーも、人生の回想を通して純粋な気持ちから行う愛がどれほど尊いかを知ったといいます。そして暴力的な世界から身を洗い、ホスピスの仕事に従事して、多くの死にゆく人々に安らぎを与えているのです。ダニオンは、とっさにする心から出た親切ほど尊いといいます。それは純粋な心から出る愛だからです。行為の大きさではなく、ささやかな行為に込められた愛が価値があるのだと感じたそうです。
 私は、臨死体験者の報告に従い、自分の人生を回想することをAさんに勧めたいと思います。そしてAさんは愛についての経験が深い方ですから、特に愛を巡る自分の人生経験を回想することをしてほしいと思います。その時に、決して裁かない光の存在が一緒に人生を見てくれているとイメージしてほしいのです。そして自分を裁かないで回想してほしいのです。
回想することは2つです。自分がどのような愛を受けてきたか、誰からどんな愛を送られていたかです。これは感謝と幸福感をもたらすと思います。もう一つは、自分が相手に与えた苦しみや、愛について振り返るということです。いずれの場合にも、それを受け取った側がどんな気持ちだったかを思いやろうとしてみて下さい。感じ取ろうと意識を向けるのです。もし感じ取れなくても、感じ取ろうとした行為そのものに価値があると思います。そして何かを感じると思います。申し訳なかったという思いが湧いたら、それを相手の心に送り届けるイメージを描きましょう。許してくださいと、許しを請いましょう。心の汚れはそれによって洗い流され、浄められていくことでしょう。
その時に、自分を裁かないことです。光の存在の視点で自分を観るのです。すると「ここから何を学びましたか」という言…

心の傷を癒すために①・・・自分を許す

罪悪感と愛の裏切り

 私たちは、ある人に良かれと思って勧めた宗教や霊能者が、実は非常に問題のあるところだった場合、紹介した人が不幸になったことを知って深い後悔の念を持ち苦しむことがあります。また自分自身も、そこに裏切られ、不幸になって苦しむことも少なくありません。こういう場合に、どうして心の傷や罪悪感を癒せばいいのでしょうか。一つの事例を取り上げて、対策を考えてみたいと思います。
 ある女性Aさんは、知り合いに紹介された霊能者の女性がとても素晴らしく見えたので、大切なふたりの友人を紹介しました。最初はすべてがうまくいき、未来が開けるように思いました。
 ところが、そのセラピストの下で治療を受けていた友人が、治療を受けている最中に病気が重くなり入院してしまいました。どうやら悪い波動の影響を受けてしまったようなのです。また、セラピストに紹介したもう一人の友人も、人格が変わったようになり、Aさんと別れると言い出したのです。あとでセラピストが友人を奪ってしまったことを知りました。
彼女は、愛の裏切りにあって深く傷つきました。大切な人たち不幸にしてしまったことに愕然とし、罪悪感を持ちました。このケースで考えてみたいと思います。

自分を許す
 このAさんが癒えるためには、最終的には二つの許しが必要です。一つは友人やセラピストを許すということが必要ですし、もう一つは自分自身を許すということです。彼女は自分自身を許せないでいるからです。
確かに友人や彼を失ったきっかけを作った責任はAさんにあるのですが、その動機は純粋に相手をよくしたいと思い、自分も心をもっとよくしたいという気持ちからでした。動機は愛情や向上心でした。その点でAさんには救いが与えられています。
 私はこうした問題を考える際には、臨死体験者の体験を念頭に置くことにしています。臨死体験者は死後に私たちがどのようなイメージの世界を体験するのかを教えてくれています。
 ダニオン・ブランクリーという米国人は、25歳の時自宅で電話中に雷に打たれて全身がまる焦げになり、30分近い心停止の間に臨死体験をした人です。この方は心停止してから暗いトンネルをくぐりぬけて光の存在に出会い、そこで自分の人生を見せられました。
彼は小さいころから暴力的で、多くの人を殴りつけて育ち、米国の諜報機関でスパイの仕事をして武器を他国に運び込んでいました。人生の回想では、自…